それから約一週間、もうちがったセットになったと思い、再び取材に出かける。ところが徹夜で朝八時にホテルへ帰り、撮影所入りは五時との事「雷ちゃんたちも大変ですね」と宣伝課長に云われました。

 夜間はステージの中へ入れないのを無理にお願いして中に入る。前の時と違って場所も衣裳も違うシーンでした。勘当になった喜多八が宗山の通夜にたずねて来る、と云う所、ステージは第一、セットは宗山の家、その玄関でのやりとりですが、テストの時だれかが大きな声で笑っている。誰でしょう。今に注意されると思っていると、衣笠監督が「笑っている場合じゃないよ」とどなった。その笑いのとまらない主は雷蔵さんだったんです。現代劇の人は体が大きいので雷蔵さん小さく見えると思っていましたが、映画になったら別にそんな様子もなく、まず安心。この日は又徹夜。

 そして二、三日して又々取材に行くと、今度は流しの衣裳の雷蔵さんで、セットは第五ステージ、門付をして怪我をした喜多八とお袖がが再会して、安宿につれて帰るシーンの撮影でした。中に入っておどろいた。安宿というだけあって、カワラが、半分落ちそうな屋根、立てつけが悪いのでぴったりしまらない戸。紙も満足にはっていない、桟だけの障子、きたないふとんにきたない衣裳の俳優さん、すいません。とにかく「中にあんまり入るといつこわれるか保証しないよ」とスタッフの人達の話、ステージ入口の控室にいた雷蔵さんと、山本さんを見つけた見学者がつめかける。山本さんが小さなハンカチを出して椅子にすわろうとすると雷蔵さん「一寸待った、あんたのお尻大きいからそんなのではあかん」山本さん「失礼ね」と云って今度は大きな風呂敷を出してすわっていました。

 「お願いします!」の声で中に入る。怪我をした雷蔵さんをつれて来る山本さん、それに浦辺さんがからんでの撮影、セットの隅でお二人のおしゃべりが始まりました。雷蔵さんは一生懸命、山本さんを笑わせようとする。山本さんは、笑わない様にすると雷蔵さんの声がだんだん大きくなる。すると今まで暗い隅の方にいてわからないのにその声で見学者の一人、二人と集って来る。それやこれやとしているうちに又お二人の出番。遠い所にいる俳優さんの演技に中々OKが出ず大変な騒ぎ、その間、雷蔵さんは、向学心に燃えて?破れた障子や戸にはられた古新聞や、雑誌を読んで歩いていらっしゃいました。

 その後、山本さんが雷蔵さんを寝かせるシーンがあって一応雷蔵さんの出番は終了、セットの隅に書かれた撮影進行のセリフの記入された紙が十二、三枚、雷蔵さんはそれを熱心に見ていらっしゃいましたが、赤字で終了個所の消されている所は一枚目の五、六行・・・雷蔵さんは見終わると、着物の裾をひょいと持って控室へ、今日も又徹夜、それから三日程で撮影がアップになりました。

 雷蔵さんもこんなに忙しい東京滞在も珍しいでしょう。四月二十六日お父様寿海さんが人間国宝の認定式に御上京になりましたが、雷蔵さんはついにお逢いになれなかった由、東京駅へお着きになった時迎えに出た理事長に「息子は元気でやっているかね」と一番に聞かれていらっしゃいました。さてこうして気ままな取材も終りましたが、気ままなだけに皆様には御満足されなかった事でしょう。あしからず。  

「よ志哉」17号より