大映京都の海上スペクタクル映画『ジャン・有馬の襲撃』で伊藤大輔監督は劇中、外人の使用する言葉をエスペラント語に統一、このため大阪市立大学助教授で新進評論家としても知られる梅棹忠夫氏と関西エスペラント連盟藤本達也氏が指導に当ることになり、日本映画では初の試みとして話題を呼んでいる。

 

 1609年徳川家康のころ、日本の南方貿易の拠点だったポルトガル領マカオ港における日本人虐殺、御朱印船焼打ち事件に端を発し、たまたま長崎に入港したポルトガル船を、こんどは反対に九州のキリシタン大名有馬晴信が奇襲して焼打ちに成功した。映画はこの事件を中心にいくつかの史実を映画的にアレンジしたものだが、現存する国家を敵視してポルトガルを刺激してはいけないという伊藤監督の慎重な配慮から“イベリア”という国名にし、そのイベリア語として万国共通語であるエスペラント語を使おうということになって、梅棹、藤本の二人のエスペランチストに協力を依頼したわけ。

 このほど最初の打合せのため撮影所を訪れた梅棹・藤本の両氏はこもごも「エスペラント語はもともと平和運動と共に発展してきた国際語なんですが、いかなる使われ方をしてもよいという創始者の精神からいえば、普及のためにはたとえ敵国語として使われてもけっこうでしょう。アメリカ映画では有名なチャップリンの『独裁者』(未輸入)などに使われていますが、日本映画としては初めてですね」と語っている。

 セリフから群衆のざわめきにいたるまで全部エスペラント語に翻訳されることになり、スタッフはテンテコマイしているが、伊藤監督自身「六十の手習いです」といいながらエスペラント語、その基本になったラテン語、さらにポルトガル語などの独習書を買って勉強するという熱の入れ方。それに刺激されて主演の有馬晴信にふんする市川雷蔵たちも勉強を始め、スタジオはいまときならぬエスペラント・ブームをまき起している。

エスペラント語の打合せをする(左から)市川雷蔵、伊藤監督、梅棹氏、藤本氏

 

 

 大映京都でいま撮影中の伊藤大輔監督、市川雷蔵主演『ジャン・有馬の襲撃』はエスペラント語などをつかった野心作だが、クライマックスの外国船焼打ちのシーンをこのほど琵琶湖畔・膳所でおこなった。

 湖のほとりに長さ百メートルもある巨大な外国船のロケセットをたてて、市川雷蔵らが小舟で元寇の物語よろしく船にのりつけたのはいいが、エキストラがあまりに威勢よく暴れすぎたためかマストがポキリと折れて、これをまた立てなおすのにまる一週間もかかり、おかげでお盆映画としてまにあわすためスタッフは徹夜する騒ぎ。とんだ焼打ちの一幕だった。

『ジャン・有馬の襲撃』の一場面