幾子(草笛光子)

 

 河内屋に十五歳で丁稚奉公に来てから、三日と寝たことのなかった父・喜兵衛が胸の病いで床についた。酷い暑さの続く夏のある日、喜兵衛は急に容体が重くなった。

 「喜久ぼん、気根性のあるぼんちになってや。ぼんぼんはあかん・・・男に騙されても、女に騙されてはあかんで・・・」枕元の喜久治に力なくつぶやいた喜兵衛は、さみしく息をひきとった。

 父の四十九日の忌をすませた日、喜久治の五代目河内屋喜兵衛の襲名披露が行われた。船場のしきたりで本宅伺いをすませて正式の妾にしたぽん太の次に、待合の娘仲居だった幾子が登場する。芸者に出た幾子と会った喜久治は、これまでに見られなかった彼女の意外な魅力を感じた。地味で家庭的な女性・・・。

 幾子の襟白粉を落したやや浅黒い肌は、なめし皮のような生々しい感触と匂いがした。