九月五日、六日は待望の第一回京都大映撮影所見学が行われました。東京よりの参加者百名は、四日の23時30分東京発月光号にて一路西下、そして地方会員さんと京都で合流し、総員百九十一名の大所帯となった。

 天候には恵まれ、京都独特の残暑をいやが上にも味わったが、撮影所と嵯峨・天竜寺で雷蔵さんにお逢いし、一陣の風にも似て、清涼剤としては、もっとも効果のあったものと思われました。

 以下、その模様をご紹介いたしましよう。

 九月六日(土)

 翌六日の朝は、お寺らしく鐘の渋い音で皆目が覚めて、京の空気を思う存分すいこみました。朝食後、天竜寺の話をお坊さんに聞かされ、私達のやすんだ大方丈のお庭は、我が国最古の庭園で国宝に指定されているとの事、前日タオルや、ブラウス、さては“ゆかた”まで、この方丈の欄干に干しておいたが、この庭園の作者夢窓国師もさぞかし歎かれた事だろうと、内心思ったりした。(注:曹源池庭園は、国の史跡・特別名勝第一号に指定され、1994年世界遺産に指定された。)

 三台のバスに乗り、天竜寺を森本さんに送られて出発したのが9時。途中雷蔵さんのお家の近く、宇多療養所のわきを走り、雷蔵さんの散歩道広沢ノ池へ出る。大文字山を正面に見て、到着したのが金閣寺。落着きはないが、金色に彩られたこの三層の建物は、人の心を捉えずにはいられないものがある。二十五年焼失され・・・三十年再建。これこそ『炎上』においてモデルとなった金閣寺である。

 次が御所、『朱雀門』『源氏物語 浮舟』の舞台になった所と思うと、皆さん暑さにも負けず、一生懸命説明を聞いていた。紫宸殿、清涼殿、どれもゆかしい香が漂っている。御所を後に二条城、西本願寺、東本願寺、三十三間堂を過ぎ、清水寺へ。清水の舞台に立つと京の町が一望のもとに見渡せ、山に囲まれたこの町の美しさを味わって八坂へ。円山公園を過ぎ、東山のふもと知恩院の山門を後に平安神宮へ。途中『七番目の密使』のラストシーンに使われた青蓮院の横を通った。 

 平安神宮は、朱の色と砂利の白さに目を細めてその美しさに見とれた。そして午後2時半、京都駅にて解散。強行軍だったこの二日間だっただけに、皆さん、また楽しい思い出となった事と思います。東京へ帰る人、もう一日京都へ残る人、さまざまです。これでほっと致しました。ほんとうにお疲れ様でした。

 ここで後日談を・・・、私始めニ、三の役員は、もう一日京都に遊ぶ事にして、その日の夜、別々に宿のため加茂川のほとり南座の前に待ち合せをした。但し、“雷蔵格子のゆかた”を着て、という条件つきである。どうしようかと思ったが、東京では出来ない事でも、旅の恥はかきすてとばかり、河原町から新京極を闊歩して心のゆくまで京の宵を楽しんで来ました。

 小学生の作文のようになりましたが、このような行事は会員さんの親睦に大変良いと思います。しかし、それぞれの事情で無理でもあります。この記事を読んで、お出でになれなかった方々に少しでも、うるおいになってくれれば大変嬉しいと思います。失礼致しました。

(「よ志」7号より)