協会企画の各事業の経過報告

 

 
一、第三回映画人東西対抗野球大会並前夜祭に就いて
 第三回野球大会に就いては、御後援並賛助出演頂いた方々には誠に申し訳ないのですが、結果的には昨年同様の豪華メンバーの出場並びに、読売新聞社の共催を得ながら、前夜祭は赤字、野球は昨年の約半数のと云う入場者でした。

 成果を挙げ得られなかった原因は、第一、第ニ回野球大会のあり方につき各社が批判的であり、第三回野球大会挙行に際して、協力の要請に対し、旬日前まで各社長の諒解を得られず、高田東京部長の奔走に因り、挙行予定の数日前、漸く各社長の承諾をを得られた様な次第で、宣伝に充分な余裕と手が打てなかった事であったと思われます。

 イ、 前夜祭は四月三十日午後七時より千駄ヶ谷の東京体育館に於いて、市村俊幸、有木山太、並木一路、トニー谷、小野田勇、益田キートン、三木のり平の諸氏の司会により、東西両軍出場選手の紹介に始まり、第二部に於いては、前記司会に加えるに柳家金語楼、榎本健一、志村喬、上原謙、汐見洋氏等の審査員、花柳小菊、吉川満子、清川玉枝、丘志摩子氏等の応援にて、紅軍ミス俳協(坊屋三郎女装)、岡田茉莉子、新倉美子、三條美紀、久慈あさみ、暁テル子、朝丘雪路、笠置シズ子。白軍灰田勝彦、勝新太郎、高島忠夫、柳沢真一、フランキー堺、東千代之介、森繁久弥の諸氏等、実に多彩なる映画並びに喜劇人協会挙げての賛助出演を得て華々しく開催せられたが、入場者数僅かに1,317名、招待者を入れても2,000名であった。
 ロ、 第三回東西対抗映画スター野球大会は、引き続き翌五月一日午後六時より後楽園球場に於いて東映大川社長を会長に、小林厚生大臣その他の来臨を得て、七色の発煙と打揚花火を以って華々しく開場。

 出場選手並応援女優陣も昨年同様、映画界稀に見る豪華メンバーとして初夏の夜空に夢の球宴を展開した。

 当夜の入場者数     名(記載なし)、当夜の場内募金計36,300円成に野球収入金より金10万円也を寄附、合計10万6千3百円也就いては、大会後厚生省母子衛生課並全国肢体不自由児養護施設園と協議の結果、天体望遠鏡を購入する事に決定し、日本光学株式会社の好意により相当額の割引を得て17基を購入し、全国17ヶ所の同施設園に寄贈致した事を附記致します。
ニ、第三回大会終了に引続き大阪大会決行の可否に就いて
 五月十八日東京部野球大会実行委員会、五月二十三日京都部実行委員会、七月四日総会と三回に亘り審議致した結果、従来の大会実行方法では今後の目的遂行上無理であるとの観点から、新方式を考究の上、実行致す事とし、第四回大会は中止と決定致しました。