一方日生劇場では雷蔵を迎えて花やかな幕あき。

 萩の乱れた古寺に琴の音が流れている。寺の孫娘の萩明が無官の太夫敦盛への恋情をこめた琴だ。赤い衣装の娘、萩明は中村扇雀、そして水干烏帽子姿の敦盛は市川雷蔵。二人の恋は火と燃え、バックをいろどる網模様の抽象的シルエットに時には青く、時には深紅の影をうつす。石原慎太郎作「一ノ谷物語・琴魂」は一ノ谷で熊谷次郎に討たれた平敦盛が数年後熊谷の孫娘と現世と迷界を越えて結ばれる悲恋絵巻。

 日生劇場新春第一弾、寿大歌舞伎は坂東鶴之助、中村扇雀、市川猿之助、沢村由次郎という新鋭に、大映のプリンス市川雷蔵を加えた異色のメンバーだけに劇場側も演出の武智鉄二も非常な熱意で取り組む。武智はひと昔前、関西で同じメンバーで武智歌舞伎を完成、世人をアッといわせた。その舞台の夢を新春の日生で再現した。

 昼の部で「心中天網島」「勧進帳」夜の部のトップで「双面道成寺」と華麗な出しものに酔った観客は、最後に雷蔵らの夢幻の世界に心をとけさせていく。

 白亜の劇場ロビーで作者の石原慎太郎が人ごみにもまれながらこんなことをつぶやいていた。

 「武智さんの演出は人を切る時もリピドー(性的エネルギー)な演出ですね。切る方も切られる方もコウコツとなるはずというんですよ」なるほど。

 「一ノ谷物語。琴魂」舞台の幻想は人々の心をえぐるなまなましさにあふれていたわけだ。