時ならぬお祭り騒ぎに集まった群衆 雷蔵の学生姿に“可愛い”の歓声 舞鶴ロケに野心作『炎上』の気運いよいよ高まる
撮影に入って既に四十日、快調なクランクを続けている市川崑監督の話題作『炎上』(大映スコープ)は、このほど、裏日本へロケを敢行した。ロケ地はかねて物色してあった竹野郡網野町郊外の湊村(現京丹後市久美浜町)で、まず、主人公溝口吾市の生い立った顕現寺の撮影から入った。顕現寺に使用された海隣寺では、市川崑監督、市川雷蔵らのロケ隊が乗りこむや、村の小・中学生は社会科の勉強をかねて。総勢三百名もが狭い境内につめかけ、村は時ならぬお祭り騒ぎ。この中で、中学生に扮した雷蔵が、カバンを下げて学校から帰ってくるシーンからの撮影である。日頃見馴れた美剣士雷蔵の面影はなく、この学生服姿の雷蔵に、つめかけた見物人の間から「まァ、可愛い」の歓声がしきりに飛ぶ。 雷蔵扮するこの溝口が何気なしに学校から帰って来て、家に入ろうとした時、見るべからざるものを見てしまった。事もあろうに母親(北林谷栄)が親戚の若い男と姦通している情景である。思わず立ちすくむ溝口の目を背後から覆ったのは肺病でやせ細った父であった。父は驚く溝口の体を引きずるようにして外へ連れ出す。ロケ隊はこのシーンが終るや、直ちにバスに分乗、丹後町海岸へ向った。 折柄の梅雨空で重苦しい雲の下荒波狂う日本海の断崖に立った溝口は、ここで父から驟閣の美しさをじゅんじゅんと説明される。溝口はうつろな目でじっと陰鬱な空と海を眺め、父のいう驟閣の美しさに思いをはせるのだった。このシーンが、溝口の性格を決定づけるだけに、ロケ日和にも市川崑監督の注文はうるさく、雨の日をえらんで出発、小やみになるのを待って撮影は進められた。 このシーンが終るや、ロケ隊は再び湊村に引き返し、今度は、父の葬式のシーンの撮影、行列には村の年寄り連中が、自発的に参加、予想外に賑やかな葬列となった。溝口はここで、母に対する憎しみを深め、致命的な母と子の溝が出来てゆく。そして、その溝が、主人公をして国宝に放火という大罪に追いやることになった。引きつづいて、琴引浜を葬列が淋しく行き、荼毘に付すシーンで裏日本のロケはつつがなく終了。七月三日夜帰所した。(公開当時のパンフレットより)