次の日はいよいよロケ撮影開始。進歩的な思想を持つ若い主将信長が暗君という評判もものかは、彼が天下に号令する端緒となった桶狭間での一戦に乗り込むところ。映画ではここがラストシーンになる。御殿場でかり集めた馬は約八十頭、見渡すかぎりの原野のなかで、八十頭ばかりの馬はそう多くはないのだが、それがヨロイカブトをつけた撮影所の馬のベテランたちに乗りこなされると、少数ながら桶狭間の今川勢を打破った信長勢の怒涛のような激しさが眼のあたりに再現される感じだ。
やがて市川雷蔵の出番。本物そっくりに作られた黒のヨロイカブト姿でドッカと馬にまたがった雷蔵、この映画のためにしばらく遠ざかっていた乗馬にあらためて精出したかいあって、カッチュウに締め上げられながらも、ヒヤッとするほどの俊足でカメラの前を突っ走る。やがてそのカットも終って、こちらの草むらにドッカと腰をおろした雷蔵“このあたりにはもう二三度来ていますがね、きょうみたいに雲ひとつかからない富士はやっぱり見事ですなァ。もっとも、富士がカメラに写ってしまっては桶狭間にならんけど”と例によってスガスガしい話しぶり。
ゆっくり頭のカブトをおろすと、“ああ、ホッとした。これをかぶってると首のつけ根が痛うなります”と苦笑する。と、はるか遠くの方からドドーンという遠雷のような音、それと同時に硝煙の立ちのぼるのが見える。富士の裾野の自衛隊が射撃訓練でもしているのだろう。場所が場所だけにさすがにヤジ馬の姿はひとりも見えず、時たま自衛隊のジープのなかから隊員が物珍しげに戦国武士たちを車をとめて眺めている程度だった。
(昭和34年3月10日付
新聞切抜より) |