雷蔵さんと三笠宮さま

 東京駅21時15分前。「彗星号」二等寝台車の一つの窓に、大きな花束が華やかに揺れていた。また、そこを中心にして何か形容の出来ない声が波紋になってホーム全体に流れてゆく、ひとしきり波立ってそれが消えてゆくと、又、つづけて大きな波のうねりが更に広がってゆき、何も知らないで花の周りにいる人々の好奇心をさらって行ってしまう。好奇心は想像を生んで、それが又飛躍する様に、出来ているものとは知っていたけれど・・・

 花の中心は、スマートな青年紳士であることは誰の目にも分っていた。

 さらわれてゆく人の一つの声が私の後から通り過ぎて行った・・・。「ああ、三笠宮様よ・・・」何とはなしに興奮したその声も、その主も、今夜の私にはもうどうでもよい事、でもまあ何としましょう。ほんの先刻まで、威勢のいい入墨姿で、清元の「お祭り」を踊っていた雷蔵さんが、たった今、宮様になってしまうなんて!この宮様は今夜この二等寝台でぐっすりと夢も見ないでおねむり遊ばす事だろう。私は今夜、宮様御手づからいただいた特賞の包みを雨に濡らすまいと、そっと胸の近くに抱いてみたものの、さて、今夜の私の見る夢は何であろうか。それともねむられぬ夜の想いを京都の空に、はせめぐらせるのだろうか。雨よ、明朝の京都の街を濡らさぬ様に。「五月四日夜の記」