永田社長の言葉に泣いた恭子さん

 恭子さんは、色白で清純な感じの日本的なタイプ − まだお化粧をしたことがないそうだが、この日はうっすらとホホ紅をはいていた。

 学友の吉田くに子さんの話では、「おとなしい、感じのいいかた。リーダーになれるかた」と評判がいい。演劇部に席をおき、「トロイ戦争は起らない」のヒロイン・アンドロマクを演じたこともあり、演劇に造詣が深い。

 雷蔵との出合いは、一昨年(昭和35年)十月、ハワイから来日した木村さん(雷蔵のハワイで世話になった人)の娘さんの案内役をかってでた恭子さんが、京都撮影所を訪問したときだった。『大菩薩峠』の撮影のときである。その後、雷蔵も高田豊川町の恭子さんの自宅に遊びに行くようになった。市川寿海の養子である雷蔵と、演劇に興味をもつ恭子さんは、演劇の話を通じて理解を深めて、親しさを増していった。

 雷蔵は、「結婚するなら、芸能界以外の人で、純日本的なタイプの人」がいいといっていたが、恭子さんは、その彼にピッタリだったわけである。

 永田社長は、はじめ雷蔵には中村玉緒がいいのじゃないか、と考えていたこともあったようだが、二人の高まっていく愛情を見ると、養父として考えなおさざるをえなかったのだ。そして婚約発表の席上でハッキリいった。

 「恭子の養父として、心から幸せを喜んでいる。いまは事情があって、恭子は遠田家を継いでいるが、恭子が私の子どもであることはゼッタイまちがいない・・・」

 一瞬、恭子さんは泣いた。うつむいているヒザが、こきざみにゆれていた。雷蔵も泣いた・・・。

 雷蔵と恭子さんの強い愛情が、すべてをここまで運んだわけだ。

 趣味を通じて知り合った二人、一年間の交際で理解をふかめた二人、荒波に耐えてきた二人、 − この似合いのカップルに心から祝福を・・・。

(週刊女性 01/17/62号より)