若手トップの・スタア市川雷蔵さんが、久方ぶりで鮮やかな「保名」を踊ってくれた。これは、山葉ホールで開催された後援会の集いでの一齣であるが、映画界入りして以来、すっかり日本舞踊から遠去ってはいても、やはり昔とった杵柄、雷蔵さんの見事な踊りは会場に溢れたファンを全く魅了しつくした型。

 好きな映画の仕事に徹しきているので、日本舞踊をやる暇がないと嘆く彼も、さすがにこの日は大張切りで熱演してくれたのである。目下『喧嘩鴛鴦』に出演中である。

 

 文政元(1818)年三月、江戸都座初演の変化舞踊「深山桜及兼樹振」を明治期になって九代市川団十郎が復活。のちに、六代目尾上菊五郎が新演出を加え、人気舞踊曲に。作詞は篠田金次・四代目鶴屋南北、作曲は清沢万吉

 安倍保名が、妻 榊の前を亡くして、狂乱して嘆き、春の野辺をさまよう。美男が狂乱して女性の幻を追う、という曲となっています。紫色の病鉢巻をして、乱れた髪で登場する安倍保名は、恋人とも妻とも言われる女性「榊の前」を亡くして狂乱しています。形見である小袖を持ち、榊の前の幻を追って、春の野辺で狂乱するさまは、観る者に、哀しさを迫るような日本舞踊曲となっています。

 日本舞踊の数多くの曲の中でも、人気舞踊のひとつと言われています。六代目尾上菊五郎が新演出によって、安倍保名ひとりが登場する舞踊としてからとくに、人気舞踊となったと言われています。ひとりの美男が、狂乱して女性の幻を追う、というスタイルの礎を築いたのが、この新演出だ、とも言われているようです。

 上演時間およそ23分という時間の中で、美しい男の哀しさ・切なさ・狂乱するほどの恋心を表現する、とても難しい曲とも言われています。