− 忠臣蔵を貫いているものは

 幕政に対する反抗、と云うより是正ですね。討入った義士たちでも江戸詰めのものと、京都組とではまるっきり違いますよ。膝元では幕政は直接響くし、吉良の動きもすぐにわかるでしょう、だから江戸組の動きは刺戟に対して敏感なんです。江戸組にしてみれば、潜伏していた一年の間には、吉良の駕籠が屋敷を出たことも二度や三度ではなかったでしょうし、もしも捨身でかかれば斬ることが出来たかもわからない。それを抑えるのに大石は一番苦労していますね、今度は、一度、江戸へ出て江戸組のはやる気持を抑えに行くことになっています。

 江戸組に、勝手な行動をさせないで、四十七人一緒に、太鼓を打って公然と討ち入ってるんですからね、これは叛乱軍ですよ。みだりに徒党を組んではいけないという御禁制を破っているんですから、この大石の行動が所謂、柳沢施政批判でしょう。

 − 長谷川一夫さんの大石が評判になっていますが

 それはまあ見て下さいよ。私はね、今度の大石はどんなに綺麗でもいいと云ったんですよ。初めて出て来た時、息子の主税が弟に見えてもいい、決して大石だからといって黒塗りしたりすることはないと云ったんですよ。これは成功したと思っています、今度のを見れば、大石というのはこういう人であったかと人は見ると思うな。長谷川重役のいいとこ、色っぽいとこが、動きではその色っぽさを止めてはいますが、どこかに出ていますよ。

 

 

 − 渡辺さんにとっても初めての忠臣蔵で、いろいろ苦心なすったでしょうね

 全部が苦労ですよ。云えば、まあ難しいのは、義士四十七人にいずれも笑いのないことですよ。泣かすところはいくらもありますがね。むきになってやっていて、それが第三者に笑えればいいんだけれど、そんなこと忠臣蔵ではやっぱり出来ないな。大映は、笑わして泣かせろというけれど、それは注文が強すぎますよ。欲ばってますよ。

 そんなことより、いつの忠臣蔵を見ても困るのは、垣見五郎兵衛ですよ。同じ人物が二人いるって笑うでしょう、そして白紙を出して笑うでしょう。そんなところで笑われたんではかなわないですよ、松竹のもそうだったですがね。今度は何とかして笑わせないようにしようと思ってね。

 初めての笑いは、偽者二人というのがおかしくて笑うんですよね、その次は、白紙を出してぐっと睨んでる、それがおかしくて、又笑うんでしょう。映画だとどうしても白紙が大きく写ってしまうので笑うんだが、ここは舞台だと、御両人ッ、と声のかかる芝居なんですよ。それで今度は白紙を内匠頭の短刀にしたんです。初め私は、討入の道具を見せようとしたんですよ。垣見は当然、長持の中を調べに来てるんですからね。結局は短刀にしましたが。

 − 初めての大映京都撮影所は如何ですか

 私たちここへ来る前に聞いていたのでは、大映というところは、うっかり監督が何か云おうものなら、ライトマンから撮影部、その他裏方の人たちに突きとばされてしまうぞ、渡辺が行っても、ひどいめに逢って帰って来る。とにかく伝統的にうるさいところだと聞かされていたんですよ。ところが撮影にはいってみると何でもない、とにかく、よくこれだけ一緒についてきてくれたと思うくらいに働いてくれましたよ。そうでしょう、一月二十五日にクランクインして、三月三日にはアップですよ、その間十日ほど休んでいますし、夜の十二時過ぎの夜間撮影なんて一日もないし、早い日は昼の三時、お昼前にすんだことだってあるんですからね。

 大映のセットの大きいことには驚きましたね。堂々たるもんですよ。入った感じが全然違うんですから、初日に、松の廊下を組んだセットへ入って、恐れ入りました、と頭を下げましたよ。

 松の廊下で笑ったのは、吉良になった滝沢さんが、午前中に吉良が斬られたなんて初めてだって、びっくりしてましたよ。あの人これまでに何度も吉良をやってるんですが、吉良が浅野に斬られるのは、その日は徹夜して、早くて次の日の朝だって云うんです、それが一日早く斬られてしまうんですからね。

 私のこと、早撮り早撮りと云って、粗製濫造の標本みたいに云われますが、そんなことはないですよ。私に云わせりゃ、合理的な早撮りなんで、今度だって押すところはちゃんと押してますよ。