渡辺監督の演出論という編集部の注文。冗談云っちゃいけない。そんなおこがましいものが書ける道理がなく、先生についたのはこの忠臣蔵が始めての上に、仕事に追っかけ廻され、右往左往の三十日、ただもう無我夢中のうちにクランクアップ。 −といった状態で、何卒、御勘弁を− と重ねてお断りしたのに、たってとの注文に断り切れず、つい引き受けてしまう破目になってしまった。いやはや詮方なく、おおそれながらと筆を執った次第。

 だから、先生から“生意気な奴、俺を俎にのせやがって・・・”とお叱りを受けるのも覚悟の上、三十日間。隙間見た、ささやかなる雑想を書き綴ることにした。

 『忠臣蔵』の撮影は一月二十五日、松の廊下よりクランク・イン。三月三日、吉良邸炭小屋でクランク・アップ、仕上呎数一万七千呎、撮影実数三十一日間、十一時までの夜間撮影が一日だけ、大体が定時(五時)まで − といった状態。しかしその間、オール・スターものだけに俳優のテッパリに追い廻されたりセットの廻転に悩まされたり、まこと、息つく暇ない撮影ではあった。

 

  初日の松の廊下の刃傷が、九時開始で、昼までに吉良が斬りつけられ、三時には、セット終了というスピード振り、だから、カットによっては、今撮っているカット、どこに入るのか、どんな芝居なのかすら監督以外誰も知らない−なんていう、助監督としては真に恥かしい事態になる。“大名連中歩いたッ”この一声にあわてて、俳優諸君を歩かし、さてテストと思えば、“用意ッ本番ッ”と来た。あわてふためいて身をかわしたとたん、本番終了。

 聞きしに勝る早撮り − この調子では、クランクアップ迄の何日間が思いやられるスタート振りだった。

 映画が企業の上に立っている以上、会社の限られた日数と経費の上で、処理して行く事が強いられる。だから、撮影現場の処理如何が、演出にも、大変に影響してくる。その点渡辺監督の現場処理のうまさには、本当に感服させられた。スタッフ連の先頭に立って、セットの中全体をフルに動かす手腕、ある時は厳粛に、又ある時は冗談を飛ばし、自然に雰囲気を作り乍ら、どんどん進めて行く、常にセット内は、明るく、真剣な活気がみなぎっている −といった無類の才能、そしてそれに対して大変な努力をはらっておられる様だ。

 これがスムースに撮影を進めて行く、一つの大きな要素であると思う、一時間かかる処を三十分で済ます魔術にみんなが引っぱって行かれるので、仕事の手を抜いた三十分では決してない、だからスタッフは瞬時も手を休める暇ない追っかけっこである。