斎藤一郎(1909〜1979)

戦前から活躍した大ベテラン。斎藤は池内友次郎と池譲に作曲を師事し、国立音楽学校でヴァイオリン科を専攻した。映画音楽のスタートはヴァイオリン奏者としてであり、松竹管弦楽団を経て新興キネマ大泉撮影所の音楽部に入った。演奏家として多くの録音に参加する中で映画音楽の実地を独学で学び、新興キネマや松竹での習作を経て42年に大映作品「思い出の記」(小崎正房監督)で映画音楽作曲家として本格的にデビューした。その翌年、大映多摩川撮影所に入社し、戦中・戦後にわたり大映を中心とした各社で膨大な数の仕事をこなした。

小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男ら巨匠との仕事も多く、溝口の「西鶴一代女」、成瀬の「稲妻」(共に52年)他で第7回毎日映画コンクール音楽賞、また島耕二監督の「金色夜叉」(54年)で東南アジア映画祭音楽賞を受賞した。(以上の受賞作はすべて大映作品)

60〜70年代初頭までは各社の時代劇や仁侠物などの娯楽作品に腕をふるった。大映では森一生監督とのコンビで雷蔵の「薄桜記」(59年)や勝新太郎の「不知火検校」(60年)「続・座頭市物語」(62年)。三隅研次監督とは雷蔵の「大菩薩峠・竜神の巻」(60年)「斬る」(62年)「新選組始末記」(63年)などがある。また晩年は毎日映画コンクール音楽賞の選定委員として後進をも守った。

1955.04.24 薔薇いくたびか
1956.08.14 銭形平次捕物控・人肌蜘蛛
1956.10.17 月形半平太
1957.03.20 朱雀門
1957.07.02 弥太郎笠
1957.09.29 鳴門秘帖
1957.12.15 桃太郎侍
1957.44.30 源氏物語・浮舟
1958.01.09 月姫系図
1958.04.01 忠臣蔵
1958.06.10 七番目の密使
1958.08.03 人肌孔雀
1958.11.29 弁天小僧
1959.01.03 人肌牡丹
1959.03.14 若き日の信長
1959.04.21 嬢吉三
1959.06.03 次郎長富士
1959.09.27 かげろう絵図
1959.11.22 薄桜記
1960.04.27 大江山酒天童子
1960.05.18 歌行燈
1960.07.10 切られ与三郎
1960.12.27 大菩薩峠・竜神の巻
1961.06.14 沓掛時次郎
1961.08.28 鯉名の銀平
1961.10.14 新源氏物語
1962.07.01 斬る
1962.09.16 剣に賭ける
1962.12.15 陽気な殿様
1963.01.03 新選組始末記
1963.03.01 影を斬る
1963.06.30 てんやわんや次郎長道中
1964.01.09 眠狂四郎勝負
1964.05.23 眠狂四郎円月斬り
1964.10.17 眠狂四郎女妖剣
1965.01.13 眠狂四郎炎情剣
1965.05.01 眠狂四郎魔性剣
1965.09.18 新鞍馬天狗
1966.01.03 若親分喧嘩状
1966.02.12 忍びの者新・霧隠才蔵
1966.09.17 陸軍中野学校雲一号指令
1967.06.17 陸軍中野学校密命