渡辺 邦男(わたなべ くにお)

1899年6月3日/静岡県田方郡三島町(現:三島市広小路)

父・寿太郎は三島郵便局長だった。母・澄は六男七女を生み8番目で三男。長兄・友雄は三島市長をつとめ、姉・百合はコロンビア大学を卒業し恵泉女学院の理事までやった。静岡県立沼津中学卒業後、早稲田大学商学部に入学し、浅沼稲次郎らと建設者同盟を結成し、左翼運動の闘士として活躍。卒業後はコネで朝日新聞社の営業部に入るが、部長から「もぐり入社」といわれ憤然退社。劇団に加わり地方巡業に出るが、解散の憂き目を見る。仕事を求めて日活大将軍撮影所長・池永浩之に紹介されるチャンスがあり、面接で監督志望を伝えるが、3年間は俳優をしろと命じられ、初任給30円で雇われる。村田実監督「青春の歌」(24年)で運動会の応援団の旗手が最初の役。尾上松五郎のスタンドインまでやらされるが、溝口健二が愛人に斬られ途中で監督交替した「赫い夕日に照らされて」では、ちゃんとした役をもらっている。大部屋女優と結婚するがスターの児島三郎と駆け落ちされるなど苦い下積み生活を送る。当時の巨匠・池田冨保の助監督になるが池田のいじめに耐え、早撮りのテクニックをマスター。28年に日活京都は太秦撮影所に移り、池田が長谷部義臣のペンネームで脚本を書いた「剣乱の森」(28年)で監督デビュー。「剣を越えて」(30年)は主演の大河内伝次郎と衝突しながら撮ったといわれるが、14歳だった山田五十鈴のデビュー作で幕末を舞台にした時代劇。「竜巻長屋」(29年)に続いて長屋ものの喜劇シリーズ「腕一本」(30年)、「裸一貫」(31年)が作られ好評を得ている。

各社競作になった「さくら音頭」(34年)は9日間で撮りあげ5日間も徹夜し、他社を出し抜いて公開し大成功。“早撮り監督”として認められ何でも手掛けるようになる。中国への侵略戦争とともに召集を受けて戦地へ行き、国ために死ぬのを美化した国策映画が流行すると、「召集令」(35年)といった映画まで作るが、かつてのマルクス青年の右翼化は戦中戦後まで一貫する。こうしたなかでミュージカル調「うら街の交響楽」(35年)が東京日々新聞社(現・毎日新聞)第1回映画コンクールで1等入選。36年の2・26事件のあとに前後篇の大作で岡譲二主演「高橋是清伝」(36年)が公開され評判になる。37年東宝に移籍しエノケン主演ものなどを経て、長谷川一夫の東宝入社第1作「源九郎義経」の監督に指名されるが、林長二郎を名乗っていた彼が暴漢に顔を斬られる事件が起こり製作中止。長谷川と李香蘭の満州ロケで撮ったロマンスもの「百蘭の歌」(39年)は驚異的なヒットになり、「命の港」(44年)も長谷川一夫で沖中士が戦争に果す任務を強調。「決戦の大空へ」(43年)は土浦海軍の予科練生を描いた戦意高揚映画。「後に続くを信ず」(45年)はガダルカナルで戦死した若林中隊長の戦記で、これも長谷川主演で空襲激化の3月に封切。山本嘉次郎の「アメリカようそろ」のB班を受け持っている時に終戦を迎え、フィルムは焼却される。

戦後は原節子主演で2本「緑の故郷」「麗人」(46年)を一気に撮りあげる。後者は金のため成金と結婚した貴族の娘が、理想家肌の青年に恋し家を出ていく話。折から起こった東宝争議では反組合のリーダー格になり、日映連盟脱退組で作られた新東宝で第1回作「今日は踊って」(47年)を長谷川一夫で撮る。富田常雄原作「誰か夢なき」(47年)は大学出のラグビー選手を巡る三人の女性のすれ違いメロドラマで、主題歌とともに新東宝最初のヒット作になり、早撮りでプログラム・ピクチャーを量産。「異国の丘」(49年)はシベリアからの未帰還軍人の家庭生活を描きながら、日本軍捕虜への悲惨な労働に非難をこめた反ソ連的映画で「帰国」(49年)でもさらにこのテーマを追う。経営危機に陥った新東宝で、当時5億4000万円の配収をあげた空前のヒット作「明治天皇と日露大戦争」(57年)で完全に右派の大御所になり、“渡辺天皇”の異名をとる。以後各社で撮るが、美空ひばりとコンビで、61年から東映「べらんめえ芸者」シリーズなどを経て、松竹の竹脇無我主演「姿三四郎」(70年)が映画最後となりテレビに移る。本人の計算では作品数225本。テレビ『姿三四郎』(73〜74年)、『柔』(64〜65年)、『明治天皇』(66年)、『旗本退屈男』(73〜74年)などの209本を撮る。29年5月姉の世話で結婚。ヤス夫人との間に一男三女があり、息子・邦彦は東宝で監督になる。75年、勲三等瑞宝章を受ける。76年から健康を害し引退。81年11月5日、肺炎のため死去。享年82歳。

1958.04.01 忠臣蔵
1958.10.0.1 日蓮と蒙古大襲来
1958.11.15 伊賀の水月
1959.02.25 蛇姫様
1960.01.03 二人の武蔵
1961.07.12 水戸黄門海を渡る
1962.08.12 長脇差忠臣蔵

脚本

1958.11.15 伊賀の水月
1959.02.25 蛇姫様

共同脚本/吉田哲郎

1960.01.03 二人の武蔵