成田三樹夫

1935年1月31日山形県酒田市

父・重春、母・梅の三男として生まれた。兄弟は全部で5人。酒田市立光ヶ丘小学校、酒田市立第二中学校を経て、1950年山形県立酒田東高等学校に入学。高校3年生の時にチューホフの『煙草の害について』を一人芝居で演じ好評を博した。1953年に酒田東高等学校を卒業するが、キャッチボール中の事故により網膜剥離になり、新潟大学に勤務していた長兄・英夫さんの紹介により新潟大学病院にて手術を行う。

1954年に山形大学英文学科に入学して演劇研究会に籍を置くが、1958年10月、大学4年生にして学校を中退し俳優座養成所入所を希望して上京する。1959年俳優座養成所第11期生として入所し中野区上高田に下宿するが出席日数不足で1年留年する。 1963年俳優座養成所第12期生として卒業し、11月に株式会社大映と専属契約を結び多くの有名、無名映画に出演する。その頃の代表作は『座頭市 地獄旅』『兵隊やくざ』『ある殺し屋』など。

1969年1月に調布市緑ヶ丘に転居し、交際していた温子と結婚する。1970年3月にはさっそく長女・真名が誕生する。翌1971年は父・重春の死去、大映が倒産など不幸が続いたのだが、フリーとして活動を始めた1972年7月に久々の明るい話題である次女・遠が誕生。1975年1月には三鷹市中原に転居する。

以後、日活や石原プロ、東映など様々な映画会社でグローバルな活躍をするが、1990年の『ZIPANG』に出演した直後の1990年4月9日、東海大学附属東京病院において永眠する。享年55歳。