1959年は、想像もつかなかったような事件が次から次へと積み重なって、激流となって流れていきました。いっ時でも油断すれば、ずっと後方へ押しやられてしまう、そんな中に、映画を作る者も、見る者も、いっしょになっているんです。この早い流れの、いちばん先端を行きたいとは思いませんが、トップグループのしんがりでいいから、そこからははれまいと考えます。そこに己を置くことが、とりもなおさず、新しい感覚で、映画を作れる第一歩だと信ずるからです。

 映画監督という仕事に関しては、先人たちのよきお手本があります。しかし、それがいくらすぐれたものであっても、その通りにやることは、今日のような時間の流れの中では、はなはだしく後向きな姿勢です。それはあくまでも基本であって、その上に、スピーディな感覚をもるべきでしょう。

 スピードということがしきりに云われていますが、数少ない私の作品の中で、それを狙ったものはありません。作品のテンポがスピーディであるかどうかは、今日の時間の流れの中にいることから、自然に生まれてくるもので、それだけに、モラルと深い関係があるのではないでしょうか。

 時代映画にスピード、と、スピードが絶対のように云われることが、時代映画本来の約束事なり、枠なりを無理にはずしてしまう結果になるのであればいけないと思うのです。

 時代映画本来の約束事は、時代映画が成立する基盤なのであって、そういった宿命は、いつの時代にも、時代映画を作る人が背負っていたはずです。ですから、それらの枠をはずしては、もう時代映画でなくなってしまうでしょう。『薄桜記』は、その意味で、いろんな約束事の上にドラマが組立てられている、立派な作品であったと思うのです。しかし、約束事にしばられているといっても、昨日の時代映画をしばっていた枠が、今日に、そのまま同じ形であるかといえば、けっして同じ形ではないといいきれます。

 例えばの話ですが、何か、時代映画を見て、それが、あまりに窮屈な約束事にしばられているからといって、それに悲観することはないわけです。

 まだ、会社から与えられる仕事に、精一杯取り組んでいるだけですから、えらそうなことも云えませんが、『濡れ髪三度笠』『浮かれ三度笠』の二本は、いわゆる時代映画の枠をはずした股旅ものでした。ここでは、明るい雰囲気の中でファースを狙ったのです。それがくすぐりにならないように気は使ったのですが・・・。その中で、シナリオにはない、新しい言葉、つまり、現代語化された英語なども、セットの雰囲気によって使ってみました。その言葉のニュアンスを俳優さんがうまく出している所も、出せなかったところもあって、功罪相半ばという感じです。作品によってはこんかこともいろいろ試みてみるつもりでいます。(談)

(時代映画 60年1月号より)