やがて初夏を迎えようという五月六月、この爽やかな季節の映画製作は、日本映画のバック・ボーンたる巨匠監督が野心を凝らして、次回作の製作に着手するときでもある。今春のシーズンに話題作を放った巨匠たちは、休む間もなくいまから秋へかけての問題作を前に、撮影準備に忙殺されているが、その盛んな芸術意欲を燃え上がらせている作品とは何か、みのりの秋に大きな収穫をわれわれに期待させてくれる野心作を一べつしてみよう。

 三月、例の粘っこいタッチで売春宿の今日的な生態を、赤裸々にえぐり出した『赤線地帯』を発表した溝口健二監督は、近く井原西鶴の「永代蔵」から取材した『大阪物語』を、中村鴈治郎、市川雷蔵、林成年、香川京子、三益愛子の顔ぶれで製作を開始しようとしている。

 これは溝口作品ではお馴染みの依田義賢によって、翻案以上のオリジナル・シナリオとして新たに書きおろされたもので、人間の生涯を操る金欲と色欲の大きな影響を、まざまざと江戸初期の大阪風景の中に象徴的に描こうとしている。

 律儀に年貢を納めて来た小百姓が、その重圧に耐えかねて、一家心中しようと商都大阪にさまよい出てから、コメの荷揚げ場堂島に落ちている“こぼれ米”に目をつけ、これを一粒一粒拾って売るうちに財をなすのだが、夢みた金欲を満たされると、さらに深い人間の悩み、息子の放蕩やら、娘の恋愛事件にまき込まれて苦汁をなめ、権力の前にふたたび産を失って無一文になったとき、はじめて親子の情愛が素直にお互いを結びつけるという物語である。