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 あれ程案じて待ち暮した『炎上』が今日観られると思うと、時間の経つのがもどかしい。今日は十五日、確か京都はお盆で撮影所はお休みの筈、“もしかしたら雷蔵さん、いらっしゃるのかもしれない”何かにつけて、いつも一緒のSさんと夏期休暇を取って、二回目三時の会までの時間待ちの間、スクラップブックの整理をしながら、雷蔵さんの話ばかり。そこへ電話で、一回目一時の会の券が入ったからという連絡で、時計を見たら十一時半。それから車で券を買いに行き、産経へ着いたのが十二時四十五分。もう並んでいる人はない。

 「一階は空席が殆んどないので二階へ」といわれたけれど、もしかして雷蔵さんが見えられた時と考えて、ワイドで少々つらいなと思ったけれど最前列に座った。

 主催者の挨拶、宣伝映画が終って、場内が明るくなって、マイクから「市川雷蔵さんの御挨拶が・・・」ああヤッパリいらっしゃってたと、Sさんと顔を見合わせて思わずニヤニヤしてしまった。

 始めに拍手に迎えられて市川崑監督の御挨拶、過日集いの折の事が思い出された。花束を受けるにも何か戸惑っておられて、あの方、異才といわれる監督さんとは思えない物静かな感じだった。さあ愈々雷蔵さんの番!紺の背広に同系のチェックのスポーツシャツ、日焼けしたお顔をほころばせて、拍手と歓声に迎えられて

「皆さんようこそ!もう御存知と思いますが、僕は何も悪い事をして坊主になった訳ではありません。(と頭に手が自然に行く。場内笑声)今日これからやる『炎上』に出演の為です。この役は学生ですが、僕は大学生の経験がないので、とても嬉しかったんです。(とニコニコなさる)最初に話のあった時、原作も読みまして、大変むつかしい役なんですね。随分考えましたけど、市川崑監督も、ぜひ僕にやれって事で、原作者の三島さんも推薦して下さったそうで、やる事にしたんですが、会社の重役諸公が中々ウンといってくれない - それが自分の口から云うのもおかしいんですが、今迄の所謂剣豪!チャンバラスターでなくて、そうですねぇ(これは雷蔵さんのお話の中で必ず入る口調、例の調子です)颯爽さというのは全然ない。そしてドモリです。(苦笑なさる。場内笑声)人気に関わるっていうんですね。まあ無理はないんで、実は、内心僕も心配しました。でも一生懸命やりました。結果はどういうんでしょうか、皆さんが何とおっしゃるか厳しい御批判が頂けたら、幸せに存じます。お忙しい処、ようこそお出で下さいました。ではどうぞごゆっくり御鑑賞下さい」

 何分にも、雷蔵さんを目の前にしているものですから、前後したり抜けた処があるかも知れませんが、大体以上の様な御挨拶に花束の贈呈の後、『炎上』が上映された。