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広がったフレーム 『炎上』

ストーリー

 西陣署の取調室がトップ・シーンである。溝口吾市(21歳)という驟閣寺に放火して自殺未遂で逮捕された、双円寺門徒で小谷大学の学生が取り調べられている。取調室の溝口(市川雷蔵)の回想でストーリーは始まる。

 昭和19年、京都の名刹である双円寺に青年がやって来る。溝口吾市である。彼の父は若いころ双円寺で修行し、この世で最も美しいものは双円寺にある驟閣寺だと、吾市が子供の頃から繰り返し聞かせていた。吾市は父が肺結核で死んだあと、父の修行時代同輩だった双円寺住職田山道詮(中村鴈治郎)を頼って京都に来たのである。道詮は吾市を徒弟として手元に置き、学校に通わせる。

 吾市は終戦後、観光客や進駐軍の兵士が、女を連れて驟閣を見世物でも見るように見物に来るのが気に入らない。吾市は小さいときからドモリで、それも彼を劣等感の強い青年にしている。老師に小谷大学に通わせてもらっていた吾市は、足が不自由だが、それを超然と誇示している戸刈(仲代達矢)と友だちになる。戸刈は老師の私生活をあばき、吾市の驟閣への憧憬にケチをつける。吾市の母(北林谷栄)は生活苦から京都にやって来て、双円寺に住み込む。吾市は、母が父の存命中に姦通しているところを見ており、それ以後母を許さない。母と口論の末、夜の京都に迷い出た吾市は、老師が芸妓と歩いているのを見てしまう。戸刈の言葉は真実だった。

 戸刈から金を借りた吾市は、小刀とカルモチンを買い故郷に帰り、成生岬の断崖に立った。吾市はかって父と一緒にここに立ち、驟閣の美しさを聞いたときのことや、母の姦通、父の荼毘の炎などを思い出す。挙動不審で警察に保護された吾市は寺に連れ戻されるが、老師も母も共に冷たかった。

 彼はついに驟閣に火をつけ、自分が美だと信じている驟閣が炎につつまれるのに見惚れる。国宝放火犯として逮捕された吾市は、口を開かない。実地検証で驟閣跡に連れて行かれた彼は、無惨な焼跡を見る。判決後、刑務所に護送される途中の列車から、護送警官のすきを見て飛び降り、吾市は死んだ。