去る六月十四日から十七日まで大映京都撮影所へ取材旅行へ出かけたというと、大変聞こえがいいが、何分素人の事なので取材とはどうしたらいいのか皆目見当がつかない。

 といって心配するかと思うとさにあらず「めくら蛇に怖じず」のたとえのごとく夜汽車ではゆっくり寝て京都入り、毎度来ますが静かな町です。

 前置きはこのくらいにして、さて皆様に『炎上』撮影中の雷蔵さんの所へ御案内しましょう。のんきな私の事ですから、皆様に御満足戴ける様に御案内出来るか心配ですが、その点はお許し下さい。さあ、参りましょう。(阿部・高木)

 

 

六月十四日

 約束の十時を少し過ぎましたが、雷蔵さんはどうしていらっしゃるかしら、ほらあすこが大映京都撮影所の正門です。「あっそうですか、じゃあ雷さん、セットに入っていらっしゃるんですか。えっ、森本さんはまだみえてない。」さて、困りましたね・・・。「これですか、雑誌に出ていた自転車とは」「ええ、一寸、家の自家用しまって来ますから」なる程自家用には違いない。後に黒々と“鳴滝、太田”と書いてあります。

 グランプリ広場とやらを通って第五ステージへ、市川組、『炎上』下宿と書かれてあるわきに見学者注意事項をエチケットとして読んでいると「ここからどうぞ」といわれてステージの中へ - 。皆さんもいっしょにどうぞ・・・。「暗くて良くわからないけど、雷さんどこにいるんです」と大きな声で森本さんにたずねますと、「そこにいますよ」ありゅや、ものの一間と離れていないところに雷さんがいらっしゃるじゃありませんか。てれかくしに、ぺこりと頭をさげて後は口の中でもそもそ。大きなステージの隅に立てられた小さな下宿のセットは、スタッフの人達が何十人もその中で右往左往していると、今にもこわれそうです。広さは四畳半で、セットとはいえ違い棚に押入もついていおり、ぬれ縁の上にかかった“すだれ”もほこりだらけ、それにこわれた金魚鉢までつるしてある凝ったもの。

 「雷ちゃん、お顔します」の声で、雷さんがセットに入る。全然メーキャップしていない顔に丸坊主がほんとうに可愛らしい、どう見ても中学生。体だけは大学生の様ですが・・・すいません。白が薄茶になったYシャツ、黒いズボン。このシーンは仲代達矢さん、新珠三千代さんも出演される所です。こうして私が皆さんに御紹介している間にも、市川監督の演技指導によって何回もテストがくり返されております。近代的な電気掃除機が持ちこまれ、部屋の中が掃除され、ライトが直され、メーキャップップの人、小道具の人達が動くなかに「本番いきます」の声、一瞬しーんとする。カメラが回り、雷さんが部屋の中に入って来て立っている。仲代さんのセリフが妙に冴えて聞える。「カット」ブザーがなりOK、やれやれ。

 雷さんには一言のセリフがない上、カメラは背中だけ写すのですが、仲代さんのセリフによってだんだん顔の表情まで変って来たのには驚きました。演技者であるという感じがしましたね。仲代さんのアップがあってから、雷さんと仲代さんのアップです。今度は出窓の所で拝見したんですが、残念な事にスタッフの人達にさえぎられたのと、雷さんのドモリのセリフが役の性格からいっても小さかったせいか、全然聞えなかったんです。これでしばらく休憩。なにしろ今日中に二十三カット撮影するという事です。終るのは夜中の二時か三時との事。全く大変です。

 今時計は二時半です。そうそう忘れていましたが、雷さんのはいていたズボンのお尻に小判形のかなり大きなつぎがあたっていたんです。それが又気になるらしく、自然に手がつぎの所へ行き、もう一つ気になる坊主頭へその手が行くんですね。どうやら今日一番気になったのはこの二つの様でした・・・。失礼致しました。