去る六月十四日から十七日まで大映京都撮影所へ取材旅行へ出かけたというと、大変聞こえがいいが、何分素人の事なので取材とはどうしたらいいのか皆目見当がつかない。 去る六月十四日から十七日まで、大映京都撮

 といって心配するかと思うとさにあらず「めくら蛇に怖じず」のたとえのごとく夜汽車ではゆっくり寝て京都入り、毎度来ますが静かな町です。

 前置きはこのくらいにして、さて皆様に『炎上』撮影中の雷蔵さんの所へ御案内しましょう。のんきな私の事ですから、皆様に御満足戴ける様に御案内出来るか心配ですが、その点はお許し下さい。さあ、参りましょう。(阿部・高木)

 

 

六月十六日

 大映京都で一番大きいA2ステージへ入ったのが午後一時。庫裡のセットを組んであります。前のセットは部分的なものだったのに対して、このセットは各部屋から台所にいたるまで天井がないのを除けば、ほんとうのお寺の庫裡にいる錯覚を起します。広い石畳を土壁にそって廻ると庫裡の大きな玄関、そこを入ると右手にこれも広い台所、今日はここで撮影が行われます。

 冬のシーンで、雷さんは学生服姿、黒いたびをはき、その上袖口からはメリヤスのシャツがのぞいています。「用意スタート!」の声で遠くの廊下から雷さんが足ばやに出てくる、それを追う北林谷栄さんの母がかすれた声で「吾市!吾市!」と呼ぶ、高い敷台から飛び降りる様にして裏口へ「カット」。そこでカメラの大移動があって、敷台を降りた雷さんと北林さんを写す、雷さんは一目散に腰高障子を開けて外へ、その後を追った北林さんの演技があって、カット。私はそーっと裏口へ廻って見ていると、外へ出て来た雷さんは、抜き足差し足で今出て来た戸の隙間から一生懸命のぞいているその姿は、中々無邪気な坊やという感じがして思わず笑ってしまいました。これは雷さんには内緒ですよ。

 次が台所の上での演技です。ズボンのポケットに手を入れて、うつむきかげんで廊下を曲って台所へ、そしてギシギシ音のする方を見る。(これはカメラのそばで大きなお釜の底をたわしでこする音です)これだけの事だが、市川監督中々OKを出さない。何回もテストをやり、自分で演じて見せ、又雷さんにもやらせる、やっとOKが出た時は、私の方が汗びっしょり、このステージは冷房ですのに・・・。次がアップです。音のする方を見たまま雷さんが無意識のうちに手を胸の所へ持って行く、これも又何回も繰返されOKになった。「今日はこれま、お疲れ様あ」の声で、スタッフの人達のほっとした顔、定時と云っても六時近くでした。

 ここで一寸お知らせしておきましょう。お昼に雷さんの部屋を訪れました時、吊るしてある学生服に目がとまり、胸のポケットにきたない革の定期入れが入っているのに気づき、どうしょうかなあと思ったけど、思い切って引き出してみました。私がそこに見つけたのは、溝口吾市と書かれ、京都市右京区・・・に坊主頭に学生服、その上、字はわかりませんが角印まで押してあります。皆さんのお兄さんや、弟さんの学生証とまったく同じものでした。見えない所まで注意を払って、溝口になりきっているのですね。雷さんだまって見たりしてすいませんでした。