去る六月十四日から十七日まで大映京都撮影所へ取材旅行へ出かけたというと、大変聞こえがいいが、何分素人の事なので取材とはどうしたらいいのか皆目見当がつかない。 去る六月十四日から十七日まで、大映京都撮

 といって心配するかと思うとさにあらず「めくら蛇に怖じず」のたとえのごとく夜汽車ではゆっくり寝て京都入り、毎度来ますが静かな町です。

 前置きはこのくらいにして、さて皆様に『炎上』撮影中の雷蔵さんの所へ御案内しましょう。のんきな私の事ですから、皆様に御満足戴ける様に御案内出来るか心配ですが、その点はお許し下さい。さあ、参りましょう。(阿部・高木)

 

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六月十七日

 午前中は『人肌孔雀』の衣装合せ、打合せ等で二時から『炎上』のセット入りとの事。雷さん今日の衣装は国防色の上衣とズボン。ゲートルを巻いて、ズックの大きな靴。肩からかけたカバンを腰のバンドでしめている。胸に溝口吾市と書かれた名札に、勤労奉仕隊と書かれた腕章をしている。帽子待ちの時間が三十分位あって、持って来た帽子には白線が二本入っています。テストをする内、どうも服がきれいすぎるという事で、スタッフの人達がよってたかって土をつける、その凝り具合に、雷さんたまりかね「もうこのくらいでいいやろう」。そのうち、顔やわきの下や胸に霧吹きで汗の感じを出すのに一騒ぎ、やっと本番。舟木洋一さんより少し遅れて雷さんが「ただいま帰りました」と一寸どもりながら云うと、鴈治郎さんが「あぁ、お帰り。溝口お母さんが見えてるで」のセリフで、顔がこわばって行く。次が石畳を歩いて、玄関までたどりつく所を写し、終了。

 さて、これで私の仕事も終りました。もぐらの様だったこの三日間。撮影という仕事がいかに大変であるか、又この『炎上』に俳優生命を賭けている雷さんの姿が、この短いそして拙い文章からわかっていただければ、素人記者としての面目も保てるというものです。いつの間にか日も西に傾き、夕暮の景色の濃くなった撮影所。雷さんにお別れして出る。四方を山にかこまれたこの静かな町・京都をあらためて味わいながら、初めて今自分が京都に来ていたんだということを感じた程でした。

 雷さんの住んでいらっしゃる京都はほんとうに静かです。これから夜汽車でゆっくり雷さんの夢でも身ながら東京へ帰ることに致しましょう。