光明寺九頭竜川堤防でラストシーンのロケを行ったそうで、ロケ地にここを選んだのは、小説の舞台となる信州の飯山村が明治のおもかげがなくなり、九頭竜川が千曲川によく似ているからという事でした。

 雪の中の別れのシーンだけに、北国のどんよりとした重苦しい天気を撮りに行ったそうですが、一日目は上天気、一日中曇天まちのうき目をみてやっと撮りおえたそうです。これには、雷蔵さんをはじめ、長門さん岸田さん、藤村さんが参加したそうです。

 


 さてこれから御案内するのは第六ステージの『破戒』のセットです。ごゆっくりご覧下さい。

 映画の撮影は、昨日ラストシーンを撮ったと思うと、今日はファーストシーンを撮るといった具合で、決して物語の順を追って撮影して行くのではないという事は、すでに御存知でしょう。これからご覧になるのは、その初めのシーンです。

 セットは、遠くに連なる山並が熊笹や雑木の密集して生い茂るあいだからかすんで見える。細く続いた小路の端に、唯雨露をしのぐばかりに、囲いをめぐらしただけの粗末な番小屋。せまい屋内の土間には、むしろが敷いてあるばかり。部屋とも呼べないそこに、うずくまる様に座っている四、五人の牧夫の姿が、薄暗いろうそくの火影にゆらいでいる。雷蔵さんの出番になる。

 雷蔵さんの扮装は、黒と云ってもほこりで白っぽくなった詰襟に、脚絆にわらじがけ、茶色の風呂敷づつみをななめにしょって。手には渋色になった古びた提灯を持っている。小屋に入って来る所を、四、五回のテストをして慎重に本番。次に死んだ父親に会うシーンなって、カメラをぐっと近づける。聞く所によると、普通セリフを云う人にカメラを向けて撮るのが常だが、今度は逆に、セリフを云う人は背中だけ写し、それを聞いている側の表情をとらえたり、人と人の間から、主要人物だけを浮き上がらせたりするそうで、苦心のほどがうかがえます。

 さて、セットに目をやりますと、宮川さん自ら糊の刷毛を持って戸口の桟を塗る。又、カメラをのぞく。気に入らなくて、始めレフをあてたり、特別ライトを当てさせたり、わずかな所と素人には思えても、細心の注意を払っている。その間市川監督は、セリフのない雷蔵さんにもこまかい演技を要求している。やっと本番になったが、それから約三時間、雷蔵さんは土の上に座りっぱなし。でもちゃんと小さな座布団を当てておりましたから御心配なく。それにしても大変な事です。

   

 

Top Page