大映が、その最高のスタッフを動員して製作する“新・平家物語”は六月中旬よりクランクインした

万端の準備を終えて

大三島に於ける鎧の撮影

 一年に一作という、日本映画はじまって以来の厖大なスケールをもって製作する大映の“新・平家物語”は、いよいよ撮影開始したが、溝口健二監督をはじめスタッフの人々は、日本映画界はもとより、広く世界の映画市場の注目を浴びていることを自覚してか、その製作準備は、極めて慎重にとり進められていた。中でも、そのキャスティングは最も難航をきわめたが、美術の点でも、並々ならぬ苦心が払われている。

 例えば、その時代に用いられた鎧ひとつにも、従来の甲冑類ではものたらずとし、更に史実に忠実たらんと、水谷浩氏を首班とする美術担当陣は、遠く瀬戸内海に点在する、我が国最古の甲冑類はじめ多くの具足を蔵していると云われる大三島に渡り、そこの大山祗神社を訪れ、数々の甲冑類をキャメラに納め、それらにより新たに鎧等を製作する労をとっている。大山祗神社には、平安末期に源頼朝が奉納したと云われる紫地小葵文綾威鎧大袖付はじめ、数多くの鎧があるが、これらの貴重な資料は、きっと作品の上に、一段の光彩を放つ要因になるであろう。

 あらためて、スタッフを紹介すると、先ず製作の永田雅一社長をはじめ、原作・吉川英治、企画・川口松太郎、松山英夫、脚本・依田義賢、成澤昌茂、監督・溝口健二、撮影・宮川一夫、美術・水谷浩、色彩指導・和田三造と、まさにベスト・メンバーが組まれている。では現在迄に決定した配役とその役柄を説明しよう。 

 

たくさんの資料が集められています

 

 

充実したキャスト

平清盛(平太) 市川雷蔵

清盛の扮装をした市川雷蔵と溝口監督

 云うまでもなく“新・平家物語”第一部の主人公で、その青年時代が描かれるわけだが、はじめ予定された長谷川一夫、どうしても出演不可能となり、その為に、もっともキャストを組むことが難しくなった。というのは清盛を誰が演じるかによって、他のキャストも、相応したメンバーが揃えられなければならないからである。

 鶴田浩二、高橋貞二、池部良等々、日本の映画界を代表する青年スタアの名が、次々と清盛の候補者としてクローズアップされたが、その大役は、遂に大映の秘蔵スタア市川雷蔵が獲得することになった。大映としては、長谷川をのぞく他のスタアが、何れも帯に短し、たすきに長しであるならば、いっそ自社の若手スタアにチャンスを与え、これを強く第一線に押し立てようとする、意欲を示したものであろうが、この作品の成果の如何は、俳優としての市川雷蔵の運命も、大きく画することとなろう。

 テストスチールにによる彼の清盛ぶりには、今迄の雷蔵にはみられなかった逞しさがあり、凛然としたものを感じさせられるが、これが動くと、腰から下の線が、どうしても軽く、この点で溝口監督も、彼の清盛に一考も二考も要したと云われている。然し、決定を見た今日では、彼の努力にその成果を待つことにしたい。