今年の4月で連載5ヵ年という、週刊誌は勿論、雑誌小説では未曾有の記録を打ち樹て、尚“週刊朝日”に連載、好評を博している吉川英治原作の“新・平家物語”は、大映が誇るイーストマンカラーで映画化されることになったが、その準備は、どのようになされているだろうか、大映企画本部長・松山常務を訪ねて、現況をつまびらかに語ってもらった。

松山常務

 着々と準備進む

 こうして結成された製作委員会では、その第一期プランとして、昭和三十年度より三カ年間、毎年一本宛、その年の超大作として製作するというアウト・ラインが決定された。そして、その第一部は青年時代の平清盛を中心に描くということも決められた。

 またスタッフも、製作・永田雅一、原作・吉川英治(週刊朝日)を筆頭に、企画・川口松太郎、松山秀夫、脚本・依田義賢、成澤昌茂、監督・溝口健二、撮影・宮川一夫、色彩指導・和田三造と、最高の顔ぶれが揃えられた。製作開始は五月二十日、七月いっぱいにクランク・アップ。一般公開は九月というスケジュールもたてられた。

 松山常務は「源氏物語を映画化する時も、私は、あの大きなスケールのものを、どうまとめるかという点で苦心したのだが、あれを原作のまま、絵物語風に扱ったのではとてもまとまらないとみて、全篇の中より主要人物をピックアップし、その主要人物を中心にして流れている事件のみで全篇を構成する、という組み立てかたをして、それが成功したと思っている。したがって、今回も、地下人から台頭して来た青年清盛を、あくまで主軸として、その悩みとか、思想を適切に現わしている出来ごとを中心にして盛りあげてゆきたいと思っている。その方が広く淡くより、人の心をうつものが生まれてくるのではないかと思うから」と語っているが、その様な観点に立って、依田義賢、成澤昌茂の共同脚色になる脚本第一稿は三月二十日に遂に完成したが、それより先に、一月には溝口健二監督はじめ脚本の依田義賢氏、キャメラの杉山公平氏は揃って吉川氏宅を訪問、『新・平家物語』映画化についての原作者の意向、希望等をあますところなく聞く等、緊密な打ち合せを行っている。

原作者、吉川英治氏(右)をむかえて永田社長、杉本画伯、溝口監督(右より)

 野心作『楊貴妃』を四月十日に終った溝口監督は、愈々五月より『新・平家物語』の撮影にとりかかるわけだが、目下は脱稿した第一稿の脚本を京都は洛西にある自宅に持ち帰り、更に推敲を重ねている。

 第一部では青年・清盛をはじめ彼の父平忠盛、母である祗園女御、清盛の妻となる時子、そして弟の時忠と云った人物が、劇の主要登場人物となるが、そのキャスティング・メンバーが、現在焦眉の急を要し乍らも、最大の難問となっている。すなわち、主人公の平清盛に扮するスタアが中々に決まらないのである。

難航を続けるキャスト

 はじめは誰しも第一に考えたのは清盛には長谷川一夫を・・・ということだったが、青年を演じるには私は不適任、という長谷川の辞退に接して、ハタと当惑してしまったのである。次いで市川雷蔵をという線も出て来たが、逆にこれは若さの点では良いとしても、後半の清盛を演ずるには貫禄が足らぬということになり、さらば他社からでも適任者をと、鶴田浩二、三船敏郎、高橋貞二、池部良等にスポットが当てられたが、何れも帯に短し、たすきに長しで、未だに決定を見るに至らないのだ。

 目下(五月四日)のところで決定しているのは、僅かに木暮実千代の祗園女御と、香川京子の時子の二名だけである。他に有力な候補者として、赤鼻の伴卜に進藤英太郎、平忠盛に石黒達也があげられているが、これは未だ確定ではない。「若さの点はメーキャップと演技力で充分にカヴァー出来るのだから、長谷川一夫が誰よりも適任だと思うんだが」と扇谷編集長は清盛に長谷川一夫推しているが、当の長谷川一夫は、あくまでも、その若さの点で任ではないと云っているし、七月の東宝劇場には、中村扇雀との共演が決まっているので、その方の準備もある事だろうし、この点が最大の難関になっている。

 一日、木暮実千代に祗園女御についての意向を聞いたところ、「お話はお伺いしましたが、台本をまだ頂いておりませんので、何とも申しあげられませんが、清盛の母として、当時としては相当に自由な生き方をした祗園女御をどのように演じたらば良いのか、たいへん楽しみにしています。もう決定したことですから、一生懸命に役と取り組みたいと思ってますが、実は、私としては巴をやりたい気持が強かったんですヨ、巴って魅力があるでしょう?」とのことだった。なるほど木曾義仲の恋人として、また妻となり母となってからも、夫と共に出陣して男をしのぐ活躍ぶりを見せる女丈夫、巴ノ前は、木暮さんが演じたならば、さぞかし見事であろうと、ふと、その時のイメージが脳裡を走る。