史実により近づかん為には

久我ちゃんのお辞儀が、問題になりました

 翌日は冷房完備のセット。昨日の続きで、清盛が父に托された書面を忠信に渡し、その返事をもらう所です。酒肴の膳を持って入って来る時子。客人清盛に一礼する。時信「無事に凱旋されたお祝いにもあがっていない。さ、忠盛どのに代って、一献おうけ下さい」 時信「時子、お酌を・・・」 時信「お客様に失礼ではないか。手ぐらいきれいにして来なさい」 時子「すみません。急に洗ってもなかなかおちませんので」 時信「糸を染めて衣を織るのを楽しみにしているのです」 清盛「はあ・・・それは結構な御趣味です」 時子「たのしみではございません。くらしの方便でございます」

  その“一礼する”と云う動作の所で監督の声があり、「三つ指ついての挨拶では現代になりはしないだろうか。片膝ついて逆の手を一寸床について見ては、一度やって見て下さい」云われた通りの動作を行う久我ちゃん。がそれも気に入らぬらしく監督は何か又考え始めて暫らくだまってしまう。結局決まらぬままにリハーサルは進行して行く。そうするうちに、忠信の座っている背後の壁がどう気に入らないのか取りこわし始めてしまう。これでは又本番は廻らないだろうと思っているうちに中止となり、夕刻六時から再開されることになった。

 宣伝担当のH氏に、“さっきの様におじぎの形が判らない様な場合は何を基準にして決めるんですか。”と尋ねると、「溝口先生は誰かに調べる様に頼んだでしょう。先生は一寸でも疑問が生じれば万全を期して調査させ、これで充分だよ自信をもって断定したのでなければ通過させません、さっきの様なおじぎの形などは文献には残っていないから、さあ、何を基準としますかねえ」

 こう云った点の不明瞭さを解決する為には、確かな証となる物がなければ、種々の調査をした上で断定を下すより方法がない。時代劇と云うのは、おおよそ想像の世界になるのは致し方ないことである。

 ある歴史家が古を描いた映画を見て、“よくもまあ、あんな風な物だったと形に表せたものだ”と感心したと云うのを聞いたことがあるが、史実に忠実ならんとすれば厳密に調査した上で最高の想像力を集結させて断定を下さなければならないのが、時代劇の苦心であもり大きな責任でもあると云えましょう。

 夕刻からのセットも遂に本番が廻らず二日間ともリハーサルのスナップに終ってしまった。続く翌日と翌々日との二日間で前日のオープンセットとセットの二場面が撮影され、延べ四日間、あまり変わりばえのしないスナップだけに終ってしまった。

現代に呼吸する若き出演者たち

 一に忍耐、二に忍耐、三に忍耐、四に忍耐とこんな言葉が口をついて出て来る程忍耐の勉強をさせられた。大規模な大作を僅かな日時でで取材しようとする方が無理なのだ、あくせくするのは止めよう、自分に云い聞かせたりもする。

 出演者の久我ちゃんに“どう?大変ですね”と何げなく問いかけると、「私の撮影は今日が始めてなの、京都に来て昨日迄一月遊んじゃったのよ。リハーサルが厳格な先生だから、初日は廻らないと思っていたわ」

 “今日(十八日)が初日で七月一ぱいにあがるの?” 「その予定なの、八月一日から松竹の作品が待っているのよ。予定通りに行くでしょ、きっと」といたってのどかなお返事。久我ちゃんのスケジュールは、にんじんくらぶが折衝してくれるので、御当人は撮影に専念していれば良いのだそうです。

溝口監督と久我さん、林さん

 撮影を待つ出演者の方々の会話は、当今流行のマンボリズムのことやフランスのギャング映画についてを云々しています。現代に呼吸しながらも、いつの時代のどんな人間をも演じなければならないのが、役者と云うものなのでしょう。 

 「日中はどこへも出歩けないんですよ。日焼けするとカラーが違ってくるんですって。だから、外出は夜ばっかり」と成年さん。 「夜の外出ってあまり聞こえが良くないわ」と久我ちゃんがお姉さんぶりを見せれば、「良妻賢母の素養充分にありますね。清盛はそう云う内面の強さをもった時子に一目で恋してしまったのですよ」と夫君になる雷蔵さんが久我ちゃんをほめます。

 こう云った日常のさりげない会話が同じ作品に出演している俳優さん同志の気持の交流となり、楽な気分で仕事をすることが出来るのでしょう。

 例年より暑いと云われる今年の夏、しかもより暑い京都での仕事をする出演者の皆さんが、暑さに負けずに頑張って下さる様にと祈って四日間のセット見学に別れをつげました。