話題作のセット撮影は、ネバリ屋で知られる溝口監督のメガホンというので、笑うに笑えぬ、あらほんとうかしら・・・というようなゴシップが続々と生れています。

 雷蔵さんが力めば、監督の溝口さんも思わず力む。面白いのはセットの風景

 

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天 皇 登 場

 『新・平家物語』には日本映画で初めて天皇が姿を見せる。今までは、まともに姿をうつしたことはなかったし、『源氏物語』の時もミスの向うの声だけだった。今度は柳永二郎が白河上皇、夏目俊二が鳥羽上皇と二人も出る。しかも、白河上皇の恋人が木暮実千代の祗園女御で、ここへ、上皇が通われる。ところが或る夜、不審な人物が塀を乗越えて逃げようとするのを発見したので、従者の忠盛にとりおさえさせたところ、女御の間男だった、というような、今までの日本映画では、とうてい扱われなかったようなエピソードが出てくる。昔なら忽ち不敬罪になったところだ。

 流石、天皇ともなれば、柳永二郎とてもいい気持らしく、「私は、舞台で楊貴妃の玄宗皇帝をやったから、これで、日本と支那と両方の最高の位を極めたことになりますな。この玄宗をやった時に困ったことがあるんです。この時私は、舟橋聖一さんの墨田物ぐるいだったかの相撲取りの幇間みたいな役をやってましてね。馬鹿踊りするような役なんですが、最初のうちは、楊貴妃が先で物狂いが後だったからよかった。ところが途中で、狂言の順序が逆になっちゃった。弱ったね。天皇のようなまじめな役やってて、くだけるのはいいけれど、馬鹿踊りやったあとで、天皇の気分にはなれませんやね。 − 今度は、こんなかけもちはないから大丈夫ですがね」

柳永二郎さん

母 性 愛 に 歎 く

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 祗園女御に扮する木暮実千代は、近頃にない適役と大ハリキリ。この祗園女御と云うのは、もと白拍子で、白河上皇の想い者になって祗園あたりに住んでいたから、祗園女御と云われた。(今も円山公園の中に、その墓と云われる小堂がある)

 白河上皇から後に忠盛の妻として賜わるが、虚栄心が強くて、忠盛が貧乏なくせに自分ばかり着飾って遊び廻っている。子供は幾らでも産むが、と云って子供に対する愛情は少しもないという女性。

 ところが、これに扮する木暮の方は、人一倍子煩悩な人である。「今度の役はとても好きなんだけど、母性愛の欠如しているのだけが、嘆かわしいわネ。といって母性愛があったんじゃ話がメチャメチャになっちゃうし」といかにも残念そう。

出番を待つ間に科白のお勉強をする木暮さん

 

 コ ロ モ 騒 動  

 

 『新・平家物語』lには、比叡山延暦寺の荒法師と平家の武者が一千人出てくる。こういうエキストラはいつも学生に頼むんだが、あいにくと撮影が夏休みに引っかかってしまったものだから、学生相談所へ申し込んだが学生が集まらない。

 相談所の方も、例年ならアルバイトの世話でやきもきするんだが、今年はこの大口申込みに嬉しい悲鳴をあげたのはよいが、さて人数がたらないで、大阪や奈良の学生まで呼びかけて、やっと千人の数に合せた。

 エキストラも千人となると大変で、とても京都からロケバスで運んだりしていられないから、ロケ地の法隆寺、比叡山、日吉大社等へ現地集合してもらう。さてその衣裳が大変である。トラック三台分位ある。

 中でも、僧兵達の衣を作るのに大騒動した。近江の長浜が麻の名産地なので、ここへ発注したんだが、折あしく蚊帳のシーズンとて、そこへ割込むのでテンヤワンヤ。さて五百人分と云うと、鋏で断つだけでも大変で、一日中、中腰でやっていると、二、三里分歩く位のものがある。職人が途中でへたばってしまったということである。