千田是也と木暮実千代に演技をつける溝口監督(後向き)

二、

 今日の撮影は第六ステージ。大映自慢の冷房ステージだが、普通二十四・五度で、ライトのあたる所が三十度ぐらい。それでもかんかん照りの屋外から入ると、すーっと冷気が感じられる。ステージ一杯紫宸殿から清涼殿への渡り廊下が組まれて、後景には松の木をあしらい、立蔀(たてじとみ)の塀が、まるでタイル張りのような新しさを色調と模様に見せている。この塀の名前を立蔀というが、これは宮川キャメラマンが教えてくれた。

註:立蔀(たてじとみ)は庭園の中に立て、板塀にし目隠しの代わりに家の角等に立てた。 半蔀(はじとみ)は下半分は格子か幅が広い板「鰭板(はたいた)」で内部が見えないように覆う板を打ち、上半分を蔀として、外側へ上げるようにしたもの。

 シーン・ナンバー46、御所の小庭。 -今日の撮影の部分のシナリオを次に記してみる。-

 46 御所の小庭

 清盛が家貞を従え、狩衣の下に腹巻きを着、闇の中に忍んでいる。紫宸殿の方から節会の音楽や唄がかすかに流れて来る。二人は緊張して待つ。するとはなやかな女の嬌声と、それにからむ男の酔っただみ声が聞こえる。清盛がその方をすかしてみると、母の泰子が左大臣頼長とたわむれながら退ってくるのである。

 泰子「久し振りに節会のお席につらなって、心たのしいことでございました」

 頼長「女御はいつもながらお美しい。かえって若くなられたようだ」

 泰子「お戯れにも女御などとおよび下さいますな。長い間の武家の暮らしで、すっかり、すすけてしまいました・・・」

 頼長「忠盛が、内昇殿を許された嬉しさに、はなやいでいられるのだろう。・・・別れたとはいえ、長い間連れ添うた夫だからな」

 泰子「めっそうなことを仰せられますな。あの武骨なお人が、これからどうして殿上のおつきあいをしてゆくのか、それを思うと心配なやら、おかしいやらで・・・」

 頼長「ハ、ハハ、ハハハ。殿上でも、思いきりきびしく、作法をしつけてやろうと話し合っているそうな」

 泰子「そうでございますとも。・・・それでなければ、殿上のくらしが身につきませぬ」

頼長は泰子の手をとり、

 頼長「おひとりでは、何かと心細かろう。わが邸にも、遊びに来られるがよい」

泰子は媚態を示しながら、

 泰子「勿体ない仰せ。・・・左大臣さまのお邸に直き直きに伺うなんて、あまりに失礼で」

 頼長「・・・逃げなくてもいい。若いものをつれて、舞いなどみせてくれればよいのだ」

 泰子「まあ、若い人がお目あてでございますか」

 頼長「・・・もう、やきもちか。早手廻しだな、ハハハ・・・」

 二人はもつれるようにして、去ってゆく。激しい怒りをこめて、見送る清盛。間をおかず、灯りを手にした公卿の秀成と経行が来る。