【京都発】大映京都では伊藤大輔監督が『切られ与三郎』を市川雷蔵、淡路恵子、中村玉緒、多々良純、富士真奈美のキャストで製作しているが、このほど源冶店のシーンを撮影した。この作品は向こう傷の与三郎(雷蔵)が、お富(淡路)をゆする「イヤサ、お富、久しぶりだなァ」の名セリフで名高い源冶店の場面を中心に、お富と与三郎の数奇な愛憎流転や、与三郎とその義妹お金(富士)、さらに女カブキの役者かつら(玉緒)などの交情をからませた伊藤監督の創作を、カブキの名作「与話情浮名横櫛」に加えたニュー・ストーリーで描こうというもの。

 この日のセットはお富の家の中━あだっぽいお富を前に、右頬にコウモリの入ずみをした相棒コウモリ安(多々良)を引きつれて、ゆすりに行ったホオかぶりの与三郎が、「エー御新造さんえエ、おかみさんエー、お富さんエ、イヤサーお富、久しぶりだなァ」と両ひざをついてうでぐむと、「そういうお前は・・・」とお富はいびっくりぎょうてん。与三郎はホオかぶりをとりながら、「与三郎だ。おぬしャ、俺を見忘れたか」とにらみつけ、「しがねえ恋の情が仇、命の綱の切れたのを・・・。お━、安!これで一分じゃ帰えられめえ」と胸のすくようなタンカを切るくだり。

 舞台ならさしずめ大向こうから声がかかるところだが、セットとあっては一人雷蔵の声だけがビンビンとひびく。しかもそのセリフ回しはあくまでリアルで、歌舞伎の名調子とはまったく違ったものだった。

 昨年、歌舞伎狂言「弁天小僧」を映画化した伊藤監督は、浜松屋の場を舞台そっくりそのままに劇中劇として映画にとり入れたが、こんどはそれでは芸がないという見解から、映画的に源冶店をとることになって、リアルな口調に統一したというわけだ。淡路は、「歌舞伎には弱いし、どうしようかと思ったが、伊藤先生がやっていて抵抗を感じたら、自分で納得の行くように自由にやりなさいといってくださいましたので・・・」と楽々。雷蔵は、「歌舞伎出身の僕が、歌舞伎狂言の映画化作品に出るのは嬉しいことです。それに今の若い人は歌舞伎から離れがちだけに、映画によって名狂言を紹介することは意義があると思う」と意気盛んだ。

 ともあれ、伊藤監督は、「ファンはもちろん、この世話狂言をぜんぜん知らない人にも面白く見られるような映画にしたい」といっていたが、雷蔵、淡路、多々良の芸達者連は伊藤監督のこの狙いをよく会得しての熱演と見うけられた。(日スポ・東京版 06/22/60)