二本かけもち

 雷蔵さんは、いま、大映秋のカラー大作『鳴門秘帖』と『稲妻街道』の二本にかけ持ち出演中ですが、衣笠貞之助監督の『鳴門秘帖』では戌亥竜太郎という大変ニヒルな、いままでとはガラッと変った新しい役柄で、長谷川一夫さん、山本富士子さん、淡島千景さんたちと競演しています。ことに淡島さんとは初顔合せというので大変張切っておられるということです。一方、森一生監督の『稲妻街道』では年に一度、渡り鳥のように姿を現わすという哀愁さえ漂うような颯爽たる旅烏の役ですが、『弥太郎笠』以来新しいコンビを組んで好評の浦路洋子さん、それに時代劇は初めてという品川隆二さんたちと共演しています。

 いくら仕事とはいえ、特別に暑いといわれる夏の京都で、二作品かけ持ちで撮影される雷蔵さんの今日この頃のご苦労はそれこそ大変で、周囲の人たちも疲れが出て病気になりはしないかと心配顔で毎日を過しているそうですが、そこはそれ、張切りボーイのことですから不平一つ言わず、元気一杯撮影所へ通っているということです。

 何時もならば、七時半に起床する雷蔵さんも、きょうは八時出発の衣笠組のB班のロケーションがあるというので普段よりは一時間も早く床を離れなければなりません。女中さんに来意を告げると、程なく目をこすり起きて来たパジャマ姿の雷蔵さんが「今日は君たちに起されるだろうと思っていままで安心して寝ていたんだ」ということでした。二階にある十畳の日本間が寝室になっていますが、廊下伝いにある洗面所にはいつでもお湯の出る設備があって十分間でヒゲ剃りも洗顔も終ります。

 


 朝食はきまってチーズと果物のジュース。果物はとくにお好きで、梨、林檎、バナナ、メロンなどを交互にミキサーにかけ毎朝お飲みになるそうです。次にすばやく新聞に目を通すと軽装に着換えて、簡単な朝の散歩に出かけますが、この僅かな時間が最も自由な、そして一日の中でも一番楽しいひと時だそうです。 


 会社からの迎えの車が来ると手早く端整な紺の背広を着込んだ雷蔵さんは、お出掛け前には先ず参詣するという庭の一隅の小さなほこらにお参りすることも忘れません。これはミーさんとか地主さんとか呼ばれる、この家についた蛇をお祭りしてあるところだそうです。



  

 撮影所まで十分間、優しい心の雷蔵さんは守衛さんや小使のおばさんにまで「おはよう」「おはようございます」と元気な声で挨拶を交わしながら俳優部のお部屋へ消えて行きます。お部屋の番号は一号、隣りが勝新太郎さんで、その向うが林成年さんです。