めまぐるしい早変り

 そうこうするうちに、こんどは森組の助監督さんが「雷蔵さんお願いします」と呼びに来ました。きょうは衣笠組のロケのあと、『稲妻街道』の撮影セットが残っているわけで、あわててこんどは“浮巣の半太郎”に早変りです。天然色用の今までのメーキャップをすっかり落し、次は普通のメーキャップの颯爽たるやくざ姿で、沢村宗之助さんを向うに廻しての大立廻りです。森監督が「雷ちゃん、ご苦労さん、それじゃ元気よく行きましょう」というと、雷蔵さんは「お待たせしました。ではお願いします」と丁寧に挨拶してセットに入って行きました。森組では、ここで一シーン雷蔵さんの立廻りをとって、このセットを今夜中に壊すというので、どうしてもこんな強行スケジュールを組まなければならなかったわけです。


 夕食の五時までに森組のセットは終りましたが、これで帰宅という訳ではなく、夜間は再び衣笠組のセットが待っています。そこでもまたもや竜太郎に扮装を変えなければなりませんが、二本かけ持ち出演のときんはこんなこともよくあるのだそうです。時には相手の女優さんの役名をよび違えてNGを出したこともあります。

 衣笠監督はふくろう監督といわれるほど夜間撮影の多い監督さんで、定時(五時)で終るということは珍しく、ほとんど十時ごろまで仕事を続けるのが習慣になっています。この日もあわや“衣笠定時”までかと思って待っていると、どうした風の吹き廻しか八時過ぎで、「お疲れ」ということになり、久方振りに雷蔵さんも夜のひと時をお家で過すことが出来るようになりました。

   


 映画見物に出掛けるにはちょっと遅すぎる時間です。こんなときはまずお風呂からあがってビールを一杯。あとは和服にくつろいで簡単に台本に目を通し、明日の撮影に備えますが、日ごろは仲々手のつかないファンレターの整理にも余念がありません。同じ家で寝起きしていながら落着いて話し合うヒマもないというマネージャーの森本さんとも、こういう時に後援会の打合せなども行っておかなければなりません。したがって独りになった雷蔵さんは、十一時の就寝時間まで、静かに雑誌の頁をくりながら眠くなるのを待って、やがて二階へ上って行きます。それこそ朝から晩までまる一日雷蔵さんのあとを追って来た私たちも、「雷蔵さんお休み」をいいながらそろそろこの辺りで失礼することにしました。(「映画ファン」57年11月号より)