「保名」は文政元年三月江戸都座の大切舞踊として三代目菊五郎が四季七変化の趣向で踊った「深山桜及兼樹振」(みやまのはなとどかぬえだぶり)の中、春の踊りの舞踊である。

 「保名」の題材は葛の葉狐の伝説で有名な、丸本作「芦屋道満大内鑑」の小袖物狂から得たもので、優美艶冶ら美男の恋の物狂いの舞踊として、いかにも風情豊かな優雅な作柄ではある。

 ★天文博士加茂保憲の門人安倍保名は、師の養娘榊の前と結ばれ、師の跡を継ぐ優秀な若者だったが、師の没後、榊の前は継母の悪企みから自殺してしまったので、哀れ保名は恋しい人の俤を慕って心狂い、榊の前の小袖を抱いて巷を狂いさまよう身となった。

市川雷蔵氏の舞踊「保名」に期待   

石井 国之

 市川雷蔵さんが、後援会第四回秋の集いに、今度は「保名」を踊ることになったのは、まことに結構なことで映画に大活躍の傍、実演舞踊に精進する雷蔵さんを大いに称揚したいと思います。

 舞踊の「保名」は、その元をただせば、享保九(1734)年十月、竹田出雲作の人形浄瑠璃「芦屋道満大内鑑」が大坂竹本座に上演され、後にその中の小袖物狂が抜粋されて改作されたものです。

 この原作は篠田の森の伝説と、陰陽博士安倍晴明の故事とを附会したもので、保名は其の晴明の父ということに作られてあります。この人形浄瑠璃が歌舞伎に初めて上演されたのは、元文二(1736)年秋、江戸中村座で、その後歌舞伎劇としても発展し、三代目尾上菊五郎がこの保名物狂を変化舞踊に取り入れ、文政元(1818)年三月、江戸都座で演じたのが、現今専ら行われている保名の舞踊です。

 作者は篠田金治で本外題を「深山桜及兼樹振」(みやまのはなとどかぬえだぶり)と云い、四季七変化の所作事で、小袖物狂は春の部になっています。歌詞は原作を利用し、これに俳諧師小西来山の名や、遊里吉原の桜の事などを織り込んだために、原作とはがらり変ったものになってしまったわけです。

 そして現今は、その演出についても、終始一人で踊ること、後半奴をからませること、二通りありますが、とにかく雷蔵さんが優艶な清元の地と相俟って、華麗な保名狂乱振を見せることを期待する次第です。(都芸能社長)