しぼれるだけシボレー

 銀座の並木通りにパークしてあった雷蔵の車に乗りこむ。三週間の長期東京滞在(衣笠作品『歌行燈』の撮影のため)というので、わざわざ京都からもってきたベンツだ。

 雷蔵がやっと口をきくキッカケをつかむ。

 「『ぼんち』みてくれた?」

 A「みてない。悪いわネ」

 B「わたしはみないけど、ウチのオヤ(親)がみたっていってた」

 C「あした、みるわ」

 A「雷蔵さんて、映画でみるより素顔の方がいいわネ」

 B「なにかお化粧するの?」

 C「ファンデーションなんかつけてサ・・・」

 セリフがアッというまに二回りまわって、大笑いになる。映画の話はそれまで。次の出演作品に興味を示すでもなければ、スタアの私生活を根ほり葉ほり聞きただすでもない。アッサリしたものだ。興味があるのは、自分と仲間のことに限られているらしい。

 マアコ「あたし、きょう、すごいスリルを味わっちゃった。ボーイ・フレンドと、まっくらなガレージの車の中でデイトしてたら、隣の車に人が来てサ、気がつかずにいっちゃったけど」

 メリー「なんだ、そんなのつまんない。わたしたちの中では、パークしてある車のホイル・キャップ(タイヤの中心にある、丸いピカピカした金具)を外してきてコレクションするのがはやってるのよ。スゴイわよ。男の子に鼻声出して『あれ、とってェ』って甘えると、すぐいうこと聞いてくれる。わたしの部屋には、キャでラックやベンツのがある」

 「そんなことしてどうするの?」

 メリー「ただ部屋にかざっておいて、記念にするだけ、この車ベンツでしょう?」

 「これのホイル・キャップはかんべんしてくれよ」(笑)

 メリー「雷蔵さん、いいこと教えてあげようか。“キャディがらくらくバッグを下げてキャでラック” “わたしの顔はマーキュリー(まァ、きれい)” “しぼれるだけシボレー” “あなたはわたしのトョペッテイング” “オースチン・コにヒルマン・コ”−これ、下品ネ」

 これでわかった。彼らの会話は、すべてリズムとスピードのナンセンスだ。雷蔵にかぎらずこの会話の中に割り込むことはむずかしい。