三十すぎたらジジイよ

「オジサン、踊ろうか!」(丸の内Mクラブにて)

 銀座から丸の内のナイトクラブ「M」まで三十分かかった。案内役のメリーの記憶がアヤフヤだったからだ。その理由がふるっている。いつも酔っぱらって乗りこんでくるので、シラフでは見当がつかなかったというのだ。

 思い思いの飲みものを注文する。ビートガールのうち、二人はアルコールぬき。聞いてみると、二人とも心臓が悪いのだそうだ。夜更かしと不摂生のせいだろう。

 マアコは有名な実業家の孫娘で、某ブルジョア女子高校の二年生(落第の結果)、チー坊は東京でも有数の美容院の経営者の娘で、去年高校を出て某美容学校に通学中。二人とも昼間は学校に行って、夜は毎晩のように十二時を過ぎるまで遊んでいる。徹夜もめずらしくない。心臓をこわさない方が不思議だ。

 「ご両親はなんともいわないの?」

 「はじめはブースカいってたけど、このごろはあきらめた」

 「黙って泊るとうるさい。だから、夜中の二時でも、三時でも帰る。まじめよ」

 「文句いわれないように、学校だけはちゃんと行くのよ」

 「オヤだってやりたいことやっているんだもの、やらしていただきますわよ」

 どうやら彼女らの親たちは、あまり娘にシメシのつかない生活ぶりらしい。戸籍調べがすんだところで、バンドがルンバを演奏しはじめる。メリーが立ち上がって、「オジサン、おどろう」

 メリーは大きなジェスチャーの達者な踊りで、完全にフロアを圧倒する。雷蔵はやはりテンポが合わないらしく、一曲で降参。メガネをふきふきもどってきて、大きなため息。

 「頼むから、“オジサン”はやめてくれよ」

 「男は三十すぎたらジジイよ。女は二十すぎたらババアよ。雷蔵さんは三十前だからオジサン」

 「男の子と銀座を車でスッととばしながら、彼は美人をみつけると、車の窓から首出して“オバサーン”、こっちは反対の窓からハンサムな男に手を振って、“オジサンーン”−お巡りなんか見ないふりしてる」

電車の下をくぐってシアワセ

オマワリ、アタマにきていっちゃった、ハハハ・・・

 「未成年者の補導、受けたことない?」

 「お巡りなんか、こわくない。ビクビクしてるからつかまるのよ。こないだ、みんなで飲んでるところへ入ってゴテゴテいうから、いってやった。“人が自分のお金で遊んでるのに、なによ。あんたなんか税金で食ってるんじゃない?不愉快だから出てってよ”−おマワリ、アタマにきて出てったわ」

 「こわいものは?」

 三人異口同音に、「ないわ」

 「それじゃ、いちばん面白いことは?」

 「フザケルの」

“フザケル”とは、銀座通りを一列になって、めいめいがチクワを丸ごとかじりながら歩いたり、子供が落としたチューインガムを拾って食べたりすることだ。都電の車庫の前を通りかかると、一人がいう。

 「誰か車体の下をタテにくぐって向う側に抜けてみない?」

 男の子は挑戦されたらあとへはひけない。先を争って車の下にもぐりこむ。第一正装のセビロはドロドロになる。そこでみんなで手をたたき、ハラを抱えて笑うのだ。遊びもまた、スリルとスピードがあって、しかもナンセンスなのが上等とされるらしい。

 ここで、約束の時間におくれたヨシエ(18)が、息せききってかけつけてくる。

 「もう会えないかと思った。あっちこっちへ行ってもいない。こっちへ行ってもいない。連続のフシアワセよ。やっとネ。シアワセ!」(とヒジを張って、両手を心臓の前で組む)

 (まねして)「シアワセ」

 マアコ「ちがう、こうよ(と訂正する。次に右胸の前で組んで)これがフシアワセ」

 「それじゃ、ここらで河岸を変えよう」

 一同(立ち上がって手を組み)「シアワセ」