土産対談 一にも二にも勉強です

アメリカ・ニューヨークで、開催された日本映画見本市に出席した長谷川裕見子さんのアメリカ土産ばなしを、市川雷蔵さんに訊いて貰う対談を、忙中閑ありのある一夜、京都鴨川河畔の宿で開いて頂きました。

雷蔵 センセイ、大変おそくなりまして、申訳ありません。

裕見子 おくれて来ても、雷蔵さんは、相変らずお得意の毒舌ですのネ。

雷蔵 飛んでもない。これでも敬意を表してるんですよ。(笑)アメリカからお帰りになってから、初の謁見を賜った訳で、無事お帰りお目出とうございます。

裕見子 まるで皇后陛下扱いネ。

雷蔵 実はネ、今ここに入って来て裕見子さんと顔を合せた瞬間、裕見子さんこそ明治天皇の皇后陛下そっくりの感じだと思ったので、あアなったのさ。新東宝に売り込めばよかったのに(笑)

裕見子 雷蔵さんにそう見られたとしたら光栄です。(笑)

雷蔵 では早速裕見子さんのアメリカのお土産ばなしを聞かせてくださいませんか。

裕見子 スケジュールがぎっしり組まれた、あわただしい旅ですから、大したことはないのよ。

雷蔵 アメリカを素通りして、上っ面をサラサラと見て来たの?

裕見子 そういえば、そうでしょうネ、でもいろいろ勉強にはなったワ。

雷蔵 どういう点が、一番勉強になった?

裕見子 アメリカ見物より、高峰秀子夫妻の円満な御夫婦振りをみせつけられて、私は大きな心境の変化を来たしたの。

雷蔵 ほおう、それはまさに重大だネ、どう心境変化を来たしたの。

裕見子 女はやはり早く結婚しなくてはならないと痛切に感じたワ。私結婚を憧れるような気持になって帰って来たワ。

雷蔵 成程、裕見子さんとしては大きな心境の変化だネ。で、いいお婿さんがみつかったら、今にでも、結婚する?

裕見子 その覚悟は出来たワ。私が結婚するといったら、立候補をして下さる人も何人かはあるかも知れませんがネ。よき夫になる人でなくてはネ。雷蔵さん!私を貰って呉れない?(笑)

雷蔵 わア!驚いた。藪から棒に驚かさないでよ。そうすると僕はよき夫の代表ってことになるの。

裕見子 まアそうかも知れないわネ。

雷蔵 僕はこの間「映画ファン」のアンケートでも、答えて置いたんですが、僕の細君になる人は、お料理のうまい人という条件なんですがネ。その点大丈夫ですか。

裕見子 そんなら落第かナ。でも今から勉強すればいいんでしょう。私アメリカへ一人旅して身の廻りのことを、初めて全部自分でやってみて、家庭の仕事の苦労がよく解ったワ。お蔭で手がすっかり荒れてしまいました。

雷蔵 一たい、どんなことをして来たの。

裕見子 ハンカチ、足袋、下着の洗たくから着付けまで一切したワ、帰って来て母に話したら、よくやったネって、ボロボロ泣いたわよ。

雷蔵 やれやれ、今までお母さんに、相当世話をかけていたとみえるネ。(笑)今夜、着て来た服は、アメリカで買って来たの。

裕見子 そう。アメリカにいるうちは和服で押し通したんですが、和服ばかり着ていると、とても疲れてしまって、参ったわ、和服って活動的に出来ていないのネ。帰りは早速向うで、服を買ったんですが、向うは総てオートメーションの国なので、既製服を一寸直して貰っても、修繕料がとても高いの、この服だって、私の体に合うように一寸直して貰っただけで、十ドルも取られるのよ。日本なら十ドル出せば、一着買えるワ。

雷蔵 アメリカの直し賃も高いが、婦人服ってそんなに安く買えるの。

裕見子 そりア、男の方の服とちがって、裏もいらないし簡単だもの。いい物じゃ無理だけど、三千六百円なら買えます。