お経でもとなえましょう

錦之助 ご覧よ、吉哉ちゃん、すっかり雨があがっちゃった。

雷蔵 空気がヒヤッとつめたいね。いい気持や。

錦之助 山がきれいだなあ。

雷蔵 京都には、日本の山という山が全部あつまってるいう話を聞いたことがあるけど、こうしてみると、まったくその通りやね。

錦之助 なだらかな山、はげしい形の山。いろんなのがあるね。(しっとりと露にぬれたような青草をふんでしばらくはあたりの風景にみとれているお二人−不意に)吉哉ちゃんの山も、なかなかきれいじゃないか。

雷蔵 エ?

錦之助 このツルッとしたハゲ山だよ(とみごとに剃られた雷蔵さんの頭をなでる)

雷蔵 ああ、この山か。(笑)

錦之助 一木一草、まるでないね、完全なハゲ山だ。(笑)安珍としては、こうしないといけないの。

雷蔵 そうなんや。この青々とした頭のうえに、またドーランをぬるいうんやからね。めんどうなことや。

錦之助 フーン。それにしても、そんな具合にそるんじゃ、すいぶん痛いだろう。

雷蔵 痛いいうことないんやけどね。動脈が何本か走ってるやろ、そこんとこへカミソリがあたると、ズキーンと妙な感じや。でも、ええ形やろ、撮影所でも評判なんやぜ。(笑)

錦之助 ウン、まあ適当にトンがっていて、適当にまるくてね(笑)それよりぼくのはどうだ。

雷蔵 錦ちゃんのは、髪の毛のばしてるよりずーっとええかっこうや。ガキ大将のころがしのばれる。(笑)

錦之助 二人とも、まあまあいいかっこうに育って、ご同慶のいたりだね。(笑)

雷蔵 もっとも、中味の方は、保証できへんが・・・(笑)こうして、坊主頭になると、思い出すねえ。

錦之助 なにを?

雷蔵 ほら、大阪の歌舞伎座で、蓑助さんか誰かが「喜撰」を踊ったとき、ぼくらいっしょに出たやないか。

錦之助 ああ、思い出した、思い出した。「六花選」の・・・。あのお迎え坊主。

雷蔵 いつごろやったかなあ。

錦之助 えーとね、七年・・・いや八年くらい前になるかな。

雷蔵 すると八年目の坊主か、錦ちゃんは。

錦之助 おたがいにまた坊主になるとはね。なんと申しましょうかア、宿命でしょうかア。(笑)

雷蔵 坊主になる心構えとして、仕方がないから『親鸞』をみさせていただきました。

錦之助 仕方がないはひどいなあ。で、どうだい、吉哉ちゃんのご感想としては。

雷蔵 あんたを前にして、お世辞いうてもはじまらんけど、。よう演ってるね。ほんとに感心したワ。

錦之助 エヘヘヘ。

雷蔵 お世辞やない、いうてるのに。とくにぼくいいと思ったのはセリフやね。崑さん(市川崑監督)流にいうと、フラットにしゃべっとる。気ばらずに、自然にね。

錦之助 それは田坂先生にも、やかましくいわれてることなんだ。台本をみるとわかるんだけれど、一ページくたい続くセリフが何ヶ所も出てくる。本番でちょっとトチるだろう。でも先生はOKしてくれるんだ。「ウム、今のセリフは味があってよろしい」(笑)

雷蔵 それが本当や思うな、ぼくも。ドモったり、前後がくいちがったりする方が、ずっと自然なんや。

錦之助 少しでも参考にしていただいて、ありがたいことです。(合掌する) (笑)

雷蔵 この頭では、はずかしくてお互いに街にも出られへんけど、ま仕方ないわ、な。

錦之助 うちでおとなしくした方が無難だよ。お経でもとなえてね。(笑) 

(平凡60年9月号より)