秘蔵ッ子・雷蔵

“机竜之助”に挑戦する市川雷蔵

ラッパ社長うなる

 この正月、市川雷蔵がハワイに渡ったときの話。人気スターのご出発とあって、空港は関係者やファンの群で賑わった。これは当りまえのことだった。ところがただ一つ、“当りまえでないこと”があった。大映社長、永田雅一氏の姿がみられたのである。

 ハワイといえば今や京、大阪ナミで、そこへ出かけるというのに、社長自ら見送りとは、いくらスターとはいえ、これは異例のことに属する。しかも社長は、「雷蔵クンは忰みたいなものだ。ただキミは、顔だけ見ていると生命保険の外交員のごとし。あちらへ行ったら、あまりうろうろして間違えられないよう、気をつけたほうがよろしい」というアイサツを述べた。いかに彼が大映の、従って永田社長の“秘蔵ッ子スター”であるか、この一事だけでもわかろうというものだ。

 雷チャンが永田社長をナカセタ、という話もある。他社出演問題について、ある記者に対する彼の明快な答弁だ。「必要を認めない。自分の企画を出せるし社長が理解してくれる。共演者や監督についてさえ、可能な範囲で希望が通るのだ。他社出演したいワケがない」というもの。これを伝え聞いたラッパ社長、「ウーム」とうなったそうである。

 この秘蔵ッ子・雷蔵には、中年女性ファンが頗る多い。それだけにいま撮影中の中里介山原作「大菩薩峠」は、人気を呼ぶだろう。「病気入院したあとだけにヤツレてて机竜之助にはピタリだ。オレはツイているネ」と意気も高い。「舞台ではたべていけない。観客も映画のほうが・・・」と割り切り、29年映画入りした当座は、自分でも不安だったらしい。それが今ではトシもとり、余裕がでて、すっかり自信をつけたようだ。

“魅惑の眼”に秘法?

 雷蔵には孤高を保っているような風情があったが、最近は本郷巧次郎、小林勝彦などの若手を可愛がっているようですよ・・・と関係者はいっている。ところがそんな彼にも秘密があった。それはメーキャップだという。スクリーンでの彼の“眼”は、素顔からは想像もつかないほどの魅力を発散する。彼はこの眼のメーキャップに、以前から工夫をこらしていた。この秘法だけは、可愛がっている連中にもあかさないとか。一線を劃すことにキビシイ彼の一面である。一線といえば、ちょくちょく上京する彼にその理由をきくと、こうだ。「京都は仕事場。東京へは“現代”を呼吸しに来るんだ」

こっちも新しい波

 万事がこれである。意欲的だ。現代を常に盛り込もうとする、数少ない時代劇俳優の一人なのである。

 撮影中の取材に対し、色をナシて拒絶したためナマイキがれれた、というエピソードもあるが、関西人には珍しい淡白な気性を理解され、評判は満点。こんどの役机竜之助は、話が進むにつれ盲目となる運命だ。“魅惑の眼”を封じられた彼が、かっての大河内、片岡らの竜之助に対して、演技の上でどんあ挑戦をするか、見所は多い。「机竜之助は幕末のビート族みたいなもんだ。現代にアピールするように演じてみたい。こっちもヌーベルバーグですよ」・・・『大菩薩峠』出演に対する彼の抱負である。(左頁は大映京都の撮影所にて)(「週刊文春」昭和35年10月17日号より

「週刊文春」昭和35年10月17日号のこの左頁に文藝春秋2001年新春特別号に載った「二十世紀の顔」の写真が掲載されたわけで、ちょうど10月18日の「大菩薩峠」の公開にあわせたわけでもあるのですが、なんか頷きつつ読んでしまいますね。やっぱり当時の文章を読むとイイですね・・・これからも、なるべくこうした記事を見つけてHPにUPしていきたいと思います。(みわ)