◆「幕間」25年度人気投票 西:@莚蔵 A我当 B鴈治郎 C鶴之助 D扇雀 / 東:@歌右衛門 A海老蔵 B勘三郎 C幸四郎 D松緑 E梅幸

「幕間」昭和26年1月号

 当時、京都から刊行されていた「幕間」という雑誌が毎年人気投票を行ない、一月号でその結果を発表していた。もとより遊びにすぎないのだが、その頃の一つの状況を知る資料にはなる。

(中略)年配のところに票が集り、順位もほとんど不動であるのに対して、西はもう一世代 若い役者が上位に喰い込み、しかも一位は毎年変動するという傾向があり、前年288票で一位の延二郎がこの年は7票でベスト5にはいらなかった。莚蔵の人気は先に記した「妹背山道行」の求女の好演で獲得した票であった。(権藤芳一 花のある役者 歌舞伎俳優市川雷蔵の記録 「侍 市川雷蔵 その人と芸」より)

 1 大阪中座 東西花形歌舞伎 勧進帳 駿河八郎
おぼろ籠 お辰/お勝
鏡獅子 臈紅梅
 2 京都南座 東西花形歌舞伎 寿曽我対面 八幡三郎行氏
おぼろ籠 お勝
宇治川 梶原源太景季
 3 名古屋御園座 花形歌舞伎 本朝二十四孝 武田勝頼
勧進帳 駿河次郎
修善寺物語
 4 大阪歌舞伎座 東西合同歌舞伎 坂崎出羽守 小姓久之丞
紅葉狩 腰元霧島
椀久と松山の死 仲居おげん
とんつく 芸者仇吉
摂州合邦辻 俊徳丸
 5 大阪文楽座 花形歌舞伎 鳥辺山心中 お花
菅原伝授手習鑑 女房千代
連獅子 浄土僧

 

歌舞伎俳優市川莚蔵として

最後の筋書 大阪歌舞伎座

4月30日 市川寿海の養子となり、市川雷蔵と改名

 6 大阪歌舞伎座 東西合同大歌舞伎・市川蔵改雷蔵襲名披露 弁天娘女男白浪 赤星重三郎
少将滋幹の母 小宰相
伊勢音頭恋寝刃 太々講 孫太夫娘 榊

 

襲名披露の筋書

昭和26年「演劇界」7月号より

 終りに、今度子のなかった彼が、白井信太郎氏の斡旋で、市川九団次の子市川莚蔵を養子に迎えて、雷蔵を襲名させて東上同行する。この雷蔵はどこか四十年前の寿美蔵の俤がある綺麗な二枚目の若手だ。上方の若手で私は延二郎とこの莚蔵とを買っていたが、その莚蔵が寿海の子になったのは双方良縁と信じる。

 莚蔵の若い二枚目系の役を見ると、明治四十四年十月明治座で、左団次の「箕輪の心中」の初演の時、若い寿美蔵は前髪の少年の十吉をして、大当りをとったが、その十吉にどこか似ているから不思議に思う。

 尚、この名の前の雷蔵は中車の八百蔵時代に養子になった人だが夭折した役者だった。二枚目の乏しい上方では、この新しい雷蔵は実に前途有望、これも素直で律儀な役者にしたい気がするのは、私一人ではなかろうと思う。(三宅周太郎 -市川寿海の東上- 「幕間」昭和26年7月号より)

 7 東京歌舞伎座 東西合同大歌舞伎・市川寿海襲名披露 口上  
桐一葉 お雪
相模 蜑漣

 

7月東京歌舞伎座筋書

「口上」 雷蔵・寿海・寿美蔵

 

 9 大阪歌舞伎座 改装披露興行・東西合同大歌舞伎 いろは新助 相合傘の男
水や空 「梅王丸」の冨吉
与話情浮名横 下女およし
 10 名古屋御園座 十三世片岡仁左衛門襲名披露 桐一葉 秀頼
双蝶々曲輪日記 おてる
御所五郎蔵 新見荒蔵
妹背山 侍女小菊
 11 大阪歌舞伎座 芸術祭参加大阪市民文化祭参加・十一月大歌舞伎 源氏物語 頭中将その若き頃/侍女右近
忠臣蔵 磯貝十郎左衛門
 12 大阪歌舞伎座 東西合同顔見世歌舞伎 少将滋幹の母 小宰相
番町皿屋敷 田町の弥作
貴撰 所化

 

11月大阪歌舞伎座筋書

(筋書をクリックすると大阪歌舞伎座の舞台へ)

 

◆「幕間」26年度人気投票 西:@鶴之助 A雷蔵 B扇雀 C仁左衛門 D鴈治郎 / 東:@歌右衛門 A海老蔵 B勘三郎 

幕間」昭和27年1月号付録“幕間歌舞伎カレンダー”(右の写真をクリックしてみて!!) 

 雷蔵の得票数は125票、「よかった役」は「桐一葉」の秀頼の68、「源氏物語」の頭中将45、「五人男」の赤星十三郎8という順である。ぼく自身、その結果を見て綴った一文に次のように書いている。(「幕間」27年2月号)

  −西に関しては、私達で、扇雀(「少将滋幹の母」の滋幹で)仁左衛門(襲名で)鶴之助、鴈治郎、延二郎と立てた予想を裏切られて、鶴、雷、扇と上   三位を文字通り新鋭で占めたのは関西らしい。東の人にはわからないだろう。例によって前年の一位は凋落すると思ったが、寿海の養子となり雷   蔵と改名した余勢をかりて二位に留まった莚蔵は、親の光とはいえ彼自身の精進もあろう。 

   一、三位となった二人は「扇鶴時代」という言葉さえ生んだ時であるから、別段異とする事もない。・・・しかし、彼等にしてもこれを自分の真の人気   の反映とは考えていないだろう。二十代の人々に対する投票は全く努力賞を意味している。それだけに彼等に対する期待も大きいのである。

(権藤芳一 花のある役者 歌舞伎俳優市川雷蔵の記録 「侍 市川雷蔵 その人と芸」より)

 1 大阪歌舞伎座 る辰年初春興行・東西合同大歌舞伎 乱菊物語 菊地小隼太
菅原伝授手習鑑 涎くり與太郎
助六由縁江戸桜 茶屋廻り亀松
 2 京都南座 東西合同大歌舞伎 木村觴酒戦強者 木村采女
伊勢音頭 孫太夫娘榊
番町皿屋敷 腰元お仙
 3 大阪歌舞伎座 国際演劇月参加・東西合同大歌舞伎 色彩間苅豆 捕手沢田
雪暮夜入谷畦道 新造千代鶴
 5 大阪歌舞伎座 五月合同大歌舞伎 鏡山旧錦絵 庵崎多聞
郷と豚姫 里鶴

◆5月27・28日 「つくし会」初の公演

 これまで過去十七回試演会の形式で研究を重ねてきた「つくし会」が、この五月二十七・八日両日、初めて文楽座で公演をもった。演目は郷田悳作・演出の「霞ケ城の雨」、谷崎潤一郎作、郷田演出の「お国と五平」と松本錦吾指導による「忠臣蔵七段目」。雷蔵は「霞ケ城」の主役長国と「お国と五平」の友之丞、そして「七段目」には仲居につきあった。

 雷蔵の長国は、郷田自らが「正直なところ私は、雷蔵君の長国だけは確信を持っていた。ニンにあるということもその一つだったけれど、旧作『かすみの城』をやりたいといい出したのが雷蔵君だし、私自身のカンでこの長国を信用してしまった」と語っているように、一般にも好評であった。批評を抄録すると。

病弱温和な二本松城主を市川雷蔵がよく役の性根を掴んで、大詰など見事な舞台であった(林秀雄「舞台展望」)。
将来のたのしめるできばえ(北岸佑吉「朝日新聞」)。
雷蔵の長国は、病弱で暗い運命を背負った人柄がよく出ていた(冨田泰彦「日日新聞」)。
雷蔵の長国も悩みがよく出ていた(鶯谷樗風「大阪新聞」)。

 「お国と五平」の友之丞に関しても、各紙とも賞賛を惜しんでいない。ぼくは、この長国と友之丞の二つの暗い運命をもち、ニヒルで、陰影のある性格の人物像の、後年の眠狂四郎へつながるものが何かあるような気がするのである。(権藤芳一 花のある役者 歌舞伎俳優市川雷蔵の記録 「侍 市川雷蔵 その人と芸」より)

 5 大阪文楽座 つくし会公演 霞ケ城の雨 長国
お国と五平 友之丞
忠臣蔵七段目/「祇園一力茶屋」の場 仲居

 

1月大阪歌舞伎座筋書

 

 6 大阪歌舞伎座 東西合同大歌舞伎 梶原平三試名剣 奴駒平
喜撰 亀念坊
蘆屋道満大内鑑(葛の葉) 庄屋太郎作
 7 東京歌舞伎座 七月大歌舞伎 良弁杉由来 茶摘おのぶ
藤十郎の恋 お玉に扮する俳優
狐と笛吹き 則光
 8 明治座 東西合同大歌舞伎 十六夜清心 求女
ニ蓋笠柳生実記 糟谷市十郎
山帰強桔梗 女馬子お市
蘆屋道満大内鑑(葛の葉) 庄屋太郎作
研辰の討たれ 才次郎

 雷蔵の才次郎も、義理にもいいとは云えないが、役を離れて、私はこの人の役者振のよさに、阪地での好評を頷かされた。一寸、先々代福助や、売出し始めた頃の今の梅幸のグレーシァスな感じに似て居て、本人の勉強次第では将来を相当楽しめると思う。(加賀山直三 “明治座奮闘劇”-明治座八月興行劇評-「劇評」27年9月号より)

 9 東京歌舞伎座 九月大歌舞伎 吉野太夫 傾城土佐太夫
菖蒲浴衣 おなつ
色彩間苅豆 捕手山浦
伊達はやり 酌女おなみ
 10 大阪歌舞伎座 開場二十周年記念・十月大歌舞伎 新平家物語 平六家長
南部坂雪曙 大石主税
 11 東京歌舞伎座 ラジオ東京開局一周年記念 新平家物語 平六家長

◆「幕間」27年度人気投票 西:@鶴之助384票 A扇雀376票 G雷蔵9票

 1 大阪歌舞伎座 初春大歌舞伎 寿祝石橋 獅子の精
名和長年 又三郎
新平家物語 磯禅師
桂川連理柵 大原女おかね
 2 名古屋御園座 如月興行 忠臣蔵 直義/大鷲文吾
 3 大阪歌舞伎座 東西合同大歌舞伎・実川延若追善興行 寿曽我対面 八幡三郎行成
高杯 次郎冠者
身替座禅 千枝
 4 大阪中座 東西合同大歌舞伎 実説下田のお吉 青年伊藤文之助
摂州合邦辻 高安俊徳丸
生玉心中 嘉平次弟幾松
 5 京都南座 関西歌舞伎 忠臣蔵通し 足利左兵衛督直義/早見十左衛門
 6 大阪歌舞伎座 関西合同大歌舞伎六月興行 忠臣蔵 直義/早見十左衛門
 6   〃 6月26日 つくし会公演 忠臣蔵 早野勘平
 7 新橋演舞場 東京大阪合同大歌舞伎 松平長七郎 伊与富九郎右衛門
 8   〃   〃 面影近松祭 芸妓
宿無団七時雨傘 嵐三五郎
玉藻前日義袂 安部采之助
角兵衛と女太夫 酒売
 9 大阪歌舞伎座 東西合同大歌舞伎 白縫 滝川小文吾
大石最後の日 細川内記
小猿七之助 所化教寿真
 11 帝国劇場 第一回大阪歌舞伎 口上  
忠臣蔵 神崎与五郎
 12 京都南座 顔見世 勧進帳 片岡八郎
女暫 清水冠者義高

三宅周太郎の劇評

◆1月大阪歌舞伎座 「名和長年」又三郎 −雷蔵の又三郎なる若い侍が、こしらえがうまいせいもあって風采がよく、これも声がよく通るのはいいことだ。
◆5月南座 「忠臣蔵」 直義 −雷蔵の直義は彼の長所でおっとりとよい。
◆8月新橋演舞場 「猩々」 酒売り −(蓑助の猩々)に対するに雷蔵の酒売りが頗る美男で、渋い皮肉なものが、面白く見られたのはすべて勉強があるからだ。

 

1月大阪歌舞伎座筋書

6月大阪歌舞伎座筋書

11月帝国劇場筋書

 

 1 大阪歌舞伎座 初春大歌舞伎 おもひで曽我 亀蔵
鳥辺山心中 源三郎
新版色読取 丁稚久松
 2 名古屋御園座 如月興行 玉藻前 采女之助
鳥辺山心中 源三郎
生田川 茅淳壮士
生玉心中 弟幾松
 3 大阪歌舞伎座 當る三月興行八代目百年・九代目五十年・団十郎祭大歌舞伎 解脱 娘人丸
樽屋おせん 喜三郎
土蜘蛛 侍女胡蝶
 4 大阪中座 開場十一周年記念・四月大歌舞伎 小笠原騒動 小笠原豊後守
遠山桜 調役高木三之丞
本朝二十四孝 白須賀六郎
茶壷 田舎侍麻佑六
 5 明治座 国際演劇月参加・五月興行関西大歌舞伎 近江源氏先陣館 信楽太郎
宵庚申 甥太兵衛
新版色読取 丁稚久松
堀川波の鼓 彦九郎一子文六

 

4月中座筋書 5月明治座筋書

 カブキでは珍しい鏡花物として「高野聖」に扇雀を主演させたのは企画の成功だった。吉井勇の脚色は常識的ながら大体原作の味を逃さないでいるが、福田蘭堂の音楽を使って新風カブキにした久保田万太郎の演出は安易すぎた。

 深山で出会った扇雀の美女に心を動かす蓑助の高野僧が、後になって美女の魔力から逃れたのを知るのだが、僧は終始オドオドしているのはおかしい。二人が谷に浴みする所や、ムササビ、コウモリなどを横行させる場面も工夫が不足。

 意味ありげな白痴の男を雷蔵が好演するが、もう少し醜悪を避けたがよい。扇雀の女は人間ばなれせず、かなりな色気を出しているが、岩上で髪をくしけずるのが浮世絵の名作を思わせて印象的だ。(北岸佑吉「朝日新聞」)

 6 大阪歌舞伎座 六月大歌舞伎 高野聖 白痴の男 次郎

 毎月舞台を踏んでいた雷蔵が、いよいよ映画に出演することになる。その頃、歌舞伎役者の映画進出は一種の流行のようになっていた。鶴之助、扇雀はすでに映画出演を果たしており、その成果はともかく、かなりの人気をよんでいた。

 前年9月号の「幕間」の「東西若手放談会」で、司会の「みんな映画に出たいと思いませんか」という質問に対して、

錦之助 僕少しは興味を感じます。
雷蔵 僕は売りこむのは嫌いやけど、勉強になるというなら、出る。
錦之助 出てやってもいいっていうの?
雷蔵 うん、出てやってもええわ(大笑)

 という発言を行なっている。友右衛門、扇雀、鶴之助らが結局、映画では成功しなかったのに、やがて映画界のトップスターになるこの二人の問答は非常に興味がある。(権藤芳一 花のある役者 歌舞伎俳優市川雷蔵の記録 「侍 市川雷蔵 その人と芸」より)

1954(昭和29)年8月25日公開 大映作品「花の白虎隊」、シナリオ八尋不二、監督田坂勝彦 で映画デビュー
同12月大映映画株式会社と専属契約を結び、映画俳優となる。