94年12月25日 角川書店刊

池袋文芸坐 ル・ピリエ  -『剣』の巻-

 名画座の雄といえば池袋文芸坐だが本家は稿を改めるとして今日は地下の「ル・ピリエ」に『剣』を見にゆくのだ。今月の名画番組のイチ推しは何といっても文芸坐が総力をあげた「市川雷蔵作品全42本連続上映」である。雷蔵の評価は最近益々急上昇。まもなく大ブームとなると、断言しておこう。

 いわゆる「永遠のスター」の中で彼ほど多岐にわたり映画の魅力を体現させた俳優はいない。今回は代表作のみならず量産されたフツーの時代劇が入っているところに価値がある。『長脇差忠臣蔵』『秘伝月影抄』『花の渡り鳥』『濡れ髪剣法』等々。ナカンズク、雷蔵を最も生かした三隅研次の知られざる傑作がこの三島由紀夫原作による『剣』である。三島も自作の映画化のベスト3本にこれを入れている。(他に『炎上』『愛の渇き』)

 大学剣道部の国分次郎は剣ひとすじに生きているが合宿中に部員が禁を破り海水浴をした責任をとり自らの命を絶つ。雷蔵といえば爽やかな口跡。この作品にはその魅力がちりばめられている。例えば主将就任挨拶の場面。道場に防具をつけた部員を正座させ雷蔵は一人立つ。

 「今日から俺が主将を務める。やるからには全身全霊をこめてやる。目的は一つ、大学選手権の団体優勝にある。それには一にも二にも稽古だ。皆黙って俺についてこい。そうすれば必ず目的は達成できる」

 実に平凡だがこれがよいのだ。挨拶は紋切り型をもって最高峰となす。笑わせようとか感心させよう、はすべて二流。人品いやしからぬ人物が力強く平凡な言葉を発するとき最高の感動が生まれる。静まりかえった道場に凛々と響きわたる口跡のすばらしさ!終わるとワシは思わず立ち上がって「ハイ!」と返事しそうになってしまった。撮影・牧浦地志、美術・内藤昭、音楽・池野茂、おなじみ三隅一家は皆最高の仕事をしている。ところが、ところがだよ。この貴重な上映を映写はピンボケのまま10分も放っておいたのだ。しかも二回も!技師は上映中は画面を見てろっていうの!俺は思わず(再び)立ち上がって雷蔵のように音吐朗々「そこの映写技師!何やっとるか!!」と叱りつけそうになったのだ。・・・ったく。

 とはいえ最も好きな監督と俳優の作品に大満足して外へ出ると太陽がまぶしい。「まぶしい太陽」は三島&三隅の主要モチーフ。

 ぶらりと歩いて近くのレストラン「サイゴン」へ。ここではタイのシンハビールが飲めるのだ。シースルーが恥ずかしげな生春巻にベトナムのきしめん。デザートは極めつけココナツ白玉500円だ。こちらはあまりストイックではなかったが、まぁ許せ。