渋谷ユーロスペース -『眠狂四郎無頼剣』-

 六週間にわたる待望の「三隅研次/白刃の美学」が始まり、三隅ミスミと叫び続けた私は初日にかけつけた。もちろん幾度も見た作品だが、特集上映というイベントにかけつけるのがファンの心意気なのだ。

 紅白の桜吹雪が美しい桜丘通り駅前共栄会のネオンアーチをくぐり、坂を上ると早くも行列が見え、入っているなと思う。ユーロスペースは邦洋問わずユニークな番組を続けているミニシアターで、日本最後の上映、が得意のセリフだ。ここで三隅やってくれるとは思わなかった。館内は満員立見の盛況である。立見が嬉しい。

 この特集は殆どが35ミリニュープリントというところに絶大な価値がある。命ガザのカラー旧作は褪色があたり前、茶色のモノクロ同様は常識。これでは作品に申し訳ない。今回はカラー・ニュープリント、しかも大映映画はその深々としたカラー撮影に定評がある。

 『眠狂四郎無頼剣』が始まり色の美しさに記憶はたちまち公開時いもどり、そこで気がついた。これはもうロードショーと同じなのだ。燃え盛る江戸八百八町を背景に大屋根で対決する雷蔵と天知茂。炎が雷蔵の顔を染めてゆく。こぼれた真紅の竹ベラ人形が黒瓦の上をすべり落ちる。

 「そうかもしれん。それでないかもしれん」「それはそれ、恋は恋」

 雷蔵の名セリフが重々しく響きわたる。そうしてはじまる円月殺法の恍惚感。正に映画の極みがここにある。

 次は『斬る』だ。この傑作についてもう何も言うことはない。全篇を包む異様な静謐、愛と生と死を武士道におきかえた見事な脚本。研ぎすまされた演出、画面。雷蔵もちろんのころ、どちらも天知茂が実にイイ。2本ともこのボリュームでわずか80分たらずの作品なのに驚く。

 上映が終わり館内にフーッとため息がわいた。シブヤやそこら辺の町を舞台にしたチャチな映画とは全然違う、娯楽映画絶頂期の職人肌のプロの芸に圧倒されたのだろうか。

 久しぶりの三隅の2本立に酔い、大満足で外へ出れば当然酒だ。ユーロの向かい側には、若者に占領された町・渋谷にしては珍しくまだ古風な呑み屋街がある。その一角「鳥ハゲ」なる店は両側が縄のれん。狂四郎が入った居酒屋みたいだ。持っていた傘を刀のようにしてのれんを分け中を見た。生憎満員。さればと百軒店上の行きつけへ。肩を落とし腰をタメ、背を伸ばし、ゆっくりと雷蔵風に歩く。不逞の輩があらわれたら「無礼者!」と斬って捨てる心算だ。が、何事もなく(当たり前か)目当ての居酒屋「佐賀」へ。腰をおろし「酒、肴はみつくろって」。注文も知らず知らず狂四郎化。盃に酒を注ぎ親指と人差指の間からツィーと飲む。背すじはあくまでシャンと。肴はトコブシの煮たのが出た。刀を(傘だけど)脇に置き油断なく酒をのむ私はブキミだったろう。