カブキは家柄が重要

大宅: あなたが生れたのは大阪ですか。

雷蔵: 京都です。兄弟は六、七人いましてね。お母さんの血を引いて亀崎姓です。

大宅: 商家ですか。

雷蔵: お墓が西大谷にありましてね。戒名に検校という文字が使ってあるからビワか琴、三味線に関係ある人ですね。

大宅: やっぱり芸事に関係あったのですね。あなたの義理のお母さんもとういう関係から、九団次さんといっしょになったんですな。

雷蔵: 祗園に舞妓さんで出てました。

大宅: 芸能人と色街のナンですね。

雷蔵: もらわれたのは生れて三月目でした。まるで新派にある筋のようでしょう。

大宅: むしろそれを地にして映画につくったら・・・。(笑声)

雷蔵: 世の中にはお芝居のような感じのものがあるんだなあと思いますよ。いろんな秘密がね・・・。自分は九団次の子ではないことを知ってたけども、その因縁はお葬式の晩にはじめて知ったわけです。

大宅: 九団次さんはずっと芝居をやっておったんですか。

雷蔵: 去年の夏、倒れますまで・・・。

大宅: どこで。

雷蔵: 名古屋で・・・、最後は五月ごろです。

大宅: どの劇団ですか。

雷蔵: 関西カブキです。アメリカの二世のカブキ愛好者に教えるとかで、八月ごろ渡米するようになってたのですが。

大宅: ハワイでもセミプロ集団がずいぶんあるのですよ。ロスアンゼルスでも娘義太夫なんかやってました。アメリカの日本人の間では芸事が盛んなんですよ。

雷蔵: そうですか。

大宅: 寿海さんは、あなたのどこを見込んで、養子にくれといったのですか。

雷蔵: ボクの聞いたのには九団次はカブキの世界には。一人前に成人さすには自分らの位置ではとても出世できない。だから門閥を重んじて、これおも子供のない寿海さんにもらっていただけたら、この子供にも将来のためには仕合せだ、というので話をもちかけたということを聞いてますけどね。どれがほんとだかわかりません。直接、聞かないし・・・。

大宅: ボクにもちょうど、あなたと同じ年ごろの子供がいて、学生なんかよく遊びに来るが、あなたをみていると、そういういまの青年と同じような感じを受ける。カブキのような特殊な世界で育った人という感じがしませんね。

雷蔵: ボクみたいに八年ぐらいでは、なかなかカブキの世界にはなじめませんからね。ボクが中学校へいってたときは、市川九団次の子、いちおうカブキ俳優の子でしたけど、カブキ俳優になろうと思っていませんでした。そのときは戦時中で、役者の子といわれて、いやな思いをしました。どういう縁でこういうことになったのか、自分でも不思議なんです。