ドモリの経験

ぼくは一人役柄は二人

ぼうず頭の大学生と

旗本の次男坊のかけもち出演で

新境地を開いた雷ちゃんの抱負


映画俳優とはままならぬ商売です。いま、ぼくは『炎上』と『人肌孔雀』のかけもち出演で大変忙しい。昼間は『炎上』のロケ、夜は『人肌孔雀』のオープンセットといった具合に、現代劇と時代劇の間を往復しています。

しかも『炎上』では強度のドモリで内向的な性格の宗教大学生なのに、『人肌孔雀』では旗本次男坊でべらべら江戸前の啖呵を切る若い浪人ものというのでしょう。もう一つ比較させてもらえるならば、ドモリの青年溝口は、ラストで彼の愛したこの世で一番美しいもの「驟閣」に火をつけ、自らも命を絶つ悲劇的な結末です。

そして、旗本次男坊は、気ままに青春を生き、風の如くあらわれては山本富士子さん扮するおしの(京極若狭之介)の危機を救い、悪人をこらしめて最後に山本富士子さんと結ばれるといったハッピー・エンドとの違いがあります。ぼくは一人役柄は二人、同じ日にこの撮影がだぶるのですから、気分をかえるのが大変でが、二つの作品が全く反対なので、かえって気持ちがわりきれてやりやすい、ともいえます。しかしまあ、仕事とはいいながらままならぬことでもあります。

ところで『炎上』のドモリの青年溝口の役ですが、お客さんがぼくの演技をみて生理的苦痛を感じないように、せりふはテンポを早くしゃべるよう心がけています。このドモリ方がなかなかむずかしい。ドモリは真似をするとうつるといわれていますが、あながちそうともいえないのではないかと思います。ぼくの経験では演技の上でどんなにはげしくドモっても、実生活の上では全くドモりません。これは気持ちの問題で、ぼくはドモらないんだ、という信念があれば、自然とドモらないのだと思います。ドモリでお悩みのお方には、ぼくのわずかな体験ですが、ぜひこの自信をもつことをおすすめしたい。

正直に云うと、溝口の役をやるようになってからぼくもちょっとドモることがあります。それは云いにくい言葉を一気に云おうとするときで、ふつうにしゃべればなんでもありません。『炎上』の撮影が終れば、自然ともとに戻るでしょう。

話は変りますが、この間『炎上』で二尊院へロケに行ったときのことです。ファンの方が大勢ぼくを激励に来てくれました。お母さん役の北林谷栄さんにぼくがぶたれるシーンの撮影で、いざ本番で、カメラが廻りだすと、「雷蔵さんがぶたれる。かわいそうに」と、ファンの方のつぶやく声がはいってしまいました。同時録音なのでNGになってしまったのです。ぼくはもう一度北林さんになぐられる羽目になってしまったのです。うまくやれたと思ったのに、不用意なファンの同情の声で、本番をかさねてやらされるぼくには、このほうがよっぽどかわいそうだと思いました。せっかく楽しんでロケに来てくれたファンには悪いけれど、その一声はぼくには有難迷惑となったのです。こういったことは、ままあることです。

五月四日、東京で後援会があり、翌日は朝から撮影があるので、その夜の九時発“彗星”で京都へ帰途についた車中のできごとです。発車して早々に眠りについたぼくを電報ですとボーイが起しに来ました。時計は十二時を廻っていたでしょうか。電報ときいて、おどろいたぼくは、誰からだろう、なにか火急な出来事でも起ったのかと、ねむい眼をこすりながら電報を開いてみました。「ブジゴキタクヲイノル」というファンからの電報でした。

さあ、それからというもの寝そびれて、眠ろうとすればするほど眠れない。まんじりともしないで京都へ着いたぼくは、その足で『七番目の密使』のロケへ直行しました。この日は、馬に乗るシーンの撮影でした。馬には相当自信のあるぼくも、よく寝てないのと、夜汽車の疲れでついに落馬し、しばらく人事不省におちいってしまいました。どんなに熱があっても撮影を休んだことのないぼくでしたが、おかげで映画界へ入ってはじめて十日間も撮影をやすんでしまったのです。思えば罪な電報でした。電報をうってくださったファンは、まさかこんなことになろうとは思ってもみなかったことでしょうから、その好意に対してうらみがましいことは云えないのですが、やっぱり有難迷惑のような気がしました。映画俳優またツライかなであります。

どうも、ファンの方について文句ばかり云っているようで、気がひけます。もちろんこういうことばかりではありません。ぼくの現代劇初出演に対して、心から激励してくれる、ありがたいファンレターがたくさんきています。「雷蔵さんの溝口の役が必ず成功するよう、神さまにお祈りしています。そのため私の一番好きなアンミツを三七二十一日間断っています」
こういう手紙を、期せずしていろいろな方からいただいたことは、それだけぼくのこんどの役の成功を、ファンの皆さんが心配くださっているのだと思います。

ぼくも、なんとかして、この作品を立派なものにしたいとぼう主刈の頭をなでながら、固く心にきめている次第です。(「別冊 平凡」58年8月号)