こわくてやさしいお師匠さん         藤 由紀子

 『手討』で初めてお会いして、こんどの『妖僧』で再会。雷蔵さんは私にとって共演者というより、時代劇のお師匠さんです。西も東もわからない新入生の私に、時代劇のイロハを教えてくださった先生です。

 『手討』は京都の撮影所のお仕事でしたから、雷蔵さんのホームグランドでご指導いただいたわけです。同じ大映の撮影所でも西と東とでは勝手が違い、初めての私はまごまごしているばかり。途方にくれているところへ助け舟を出して下さったのが雷蔵さんでした。

 かねがねこわい人と聞いておりましたし、“女性をいびる”とも聞いていましたものですから、正直なところお会いするのがユウウツでした。でも、雷蔵さんへの先入観を訂正してからは、現金なもので、京都の仕事がすごく楽しく感じられたのを憶えています。

 たしかに、雷蔵さんは誤解されやすい人です。人にこびるということを知らない方のようで、好きは好き、嫌いは嫌い、イエスとノーの使い分けが、日本人には珍しくはっきりしています。ご自分の信念に反することには妥協することなく、納得のいくまでディスカッションを繰り返します。仕事でもおそらく私生活でも。羨ましいと思いますし、学ぶべきことだと思います。

 とにかく、俳優というものは、対人関係に神経質すぎて、直言をはばかりがちです。私などは気が弱いせいか(本当です)、いいたいことの半分ぐらいをアイマイに表現するのがせいいっぱい。イヤなことをイヤとつっぱねる勇気がありません。

 要するに、自信と貫禄の問題でしょう。噂と違って、デリカシーのある雷蔵さんにそんなシンの強さを発見し、感服いたしました。

 今度の『妖僧』でも、その印象は変わりません。円満な家庭を持たれ、外見は柔和な変貌をとげたかに見えながら、内面の強烈な自我は依然として失われないご様子。演技より何より、その点に羨望の念を新たにしました。(よ志哉より)