着実に芸をみがく 市川雷蔵さん

四畳半の柱によって、三味線を膝に爪弾きの音もグッと小粋に−ここは大映の京都第2ステージ「冬木心中」のセット。先週まで「新・平家物語」の清盛役で毛虫のような眉毛を逆立てていた雷蔵さんが、今度は山根寿子さんをお相手に、顔もすっかり二枚目役です。

「僕が今年の当りやですって?とんでもない!『新平家』の清盛役は、鶴田さんとか池部さん、色々と候補にのぼったんですよ。結局オビに短し、タスキに長しというわけで、なかなかきまらず、しようがない、それじゃ大映の雷蔵にやらしてみよう、というわけでとうとうお鉢がまわってきて、大役を仰せ付かったんです。溝口監督だって、心配しながら、まア一か八かやらしてやれっていうところが本当なんですよ」

「僕は映画の方は駆け出しの一年生、清盛という役よりも、溝口組というフンイキに、とにかく融けこもうという心懸けで、あしかけ三ヵ月、唯々無心にやっただけです」

大映が長谷川一夫につづく時代劇スタアに仕上げようと力を入れているだけあって、二十四歳の青年にないような謙虚な落着きぶり。

「この間、厳島神社へお礼詣りにいってきましたよ。大きな杓子に『新・平家物語 平清盛に扮して 市川雷蔵』と書いて奉納してきました」

夕食時間になって、メガネをかけた雷蔵さんは、ちょっと人違いしそうです。

「眼は16度なんです。剣戟場面で時分の切先が相手ののどの辺までゆくかってことになると、カンにたよることになりますね。東千代之介さんはたしか、8度か9度位でしょう。あんなにひどくはないんですがね、メガネははずしません。映画だけで僕の顔を知ってる人は、ロケ先などでも『チョット雷蔵に似てるわネ』『ちがうわよ』なんてすぐそばでささやいたりするんで、ユカイですよ」

と、なかなゴケンソンです。

歌舞伎の名門市川寿海の子息として、将来を嘱望されていた彼は、映画界にとびこんだ数ある若手歌舞伎スタアの中でも、時蔵の子息中村錦之助さんと並んでサラブレッドの駿馬というところ。

「よく人に、男所帯で不便でしょうと云われますけれど、実のところネ、今の生活が僕には適しているんです。両親にも、来年は一緒に住みたいなんて云われますけれど、当分ひとり暮しに決めているんです」という彼は、京都は大将軍の二階家に、番頭さんとお弟子さんと女中さん相手の書生さんのような生活をしています。

「冬木心中」につづいて長谷川一夫、勝新太郎と共演の「花の渡り鳥」のセットが待ちうけているという忙しさ。

一年生と自分ではケンソンしているものの、すでに出演作品も十二本目−着実に芸をみがく大人っぽいスタアとして、本格的時代劇になくてなならない存在となることでしょう。(平凡55年12月号より)