大映俳優総論

                                 滝沢 一

 

三、

 時代劇では女優の人気スターは育ちにくいといわれる。現代劇の世界は男の世界であり、女が男に依存する役処しか与えられていないからだ。長谷川一夫というスターがあって、それに付属し依存することによってしか女優は育たない。その長谷川が年齢的にもニュー・フェイスを相手役にえらぶことが無理になってきている。当然雷蔵や勝新太郎と組んで、彼らとコンビして女優が売り出されるべきであるのに、興行価値を考えてか、会社は相手役の女優に新人を使いたがらない。山本富士子なんかも、本当に名実ともにスターとしての地位をゆるぎないものとしたのは現代劇においてであった。『夜の河』があって、『月形半平太』の自信と貫禄が生れたといってよい。

  時代劇女優として京都に籍を置いている三田登喜子、阿井美千子、小町瑠美子、立花宮子らもいつもちょろちょろと端役で出ているだけだし、たまに相当な役がつくと、今度はスタミナがつづかないということになる。お姫さま役、娘役、アネゴ、女スリとみんな人形めいた役であったり、また型通りのしぐさかしか要求されない役ばかりでは彼女らに、実力のつきようもなく、シナリオからして新しいキャラクターを作ってやらなければこの人たちにも気の毒である。

 それでも阿井美千子は、『月夜の阿呆鳥』ではこのひとの冷たい個性が生かされていたし、小町瑠美子も『お化け駕籠』では気ままな娘役を好演していた。『怪猫五十三次』の三田登喜子も平凡な役処ながらのびのびと演技していて悪くなかった。みんな演らしてみれば相当なところまで演るので、要するにもっと仕所のある役を数多く与えてやる親切さが会社側になければなるまい。

  この他若手では、中村玉緒、浦路洋子らがいる。中村玉緒はカメラフェイスに難があるが、若さが感じられるのがいい。浦路洋子は有望だ。この人もクセのある顔だが、演技にシンがあり、特異な役処が与えられれば、独自なパーソナリティを発揮出来そうである。

 東京からの応援出演組では、何といっても京マチ子の貫禄を第一とする。『月形半平太』ではほんの数カットしか出場はなかったが、武家の妻の気品と情感をたたえた見事な演技を見せていた。山本富士子も『花頭巾』のような役では、その美貌だけを見せるつまらない役で、主演格といいながら余り栄えないが、『月形半平太』『朱雀門』となると、それぞれに女ごころの哀れさをにじませて好演であった。やはり自信というものは恐ろしい。さきにも書いたように『夜の河』がそのようにあってこそ、男優依存の時代劇の世界でも長谷川や雷蔵と対等或いはそれ以上の演技が可能になるのであろう。

 若尾文子はその点で、まだこれといった代表作が現代劇にもない。それだけに時代劇の世界へくると現代劇以上になよなよとしてしまって、没個性的な演技、自信のない演技をいつもくりかえしている。現代劇だと『恥しい夢』というような他愛のない笑劇でも、のびのびと自分のペースで演技していて、このひとらしい持ち味を出しているのに、時代劇ではかけ出しのニュー・フェイスと余り変わらない程度の成績しか残せない。

 小野道子がよい。このひとは林成年とちがって、どんな役にもはげしく体当たりでぶつかってゆく。『祗園の姉妹』あたりからすでにそうした熱演傾向をみせていたが、その後ずっと現代劇に出ていて、いつも迫力のある演技を示し、異常な進歩が見られる。決して容姿としては恵まれていないのだが、その役になりきる強靭な演技神経の持ち主である。『愛の海峡』では完全に競争相手の川上康子を抜いたと思う。それが時代劇に出て『子の刻参上』の一風変ったユカイなお姫様役となって現れた。『大阪物語』の遊女も時代劇離れのしたモダンティがあってよかった。時代劇でも役処によって有望な人であろう。

 近藤美恵子も比較的多く時代劇に使われているのは、マスクが時代劇に向いているせいかと思うが、今のところまだ平凡の域を出ない。カラーの『人肌蜘蛛』ではちょっとスゴ味があったが、それもメーキャップの魔術とカラーの魅力で、演技というところまではゆかない。ただこのひとなど時代劇でもっとたたいて使えば、案外モノになりそうな気もする。やはりスターになる第一条件は「演技」よりも「顔」だからだ。

 嵯峨三智子も、他社の契約者でありながら、ここの時代劇によく使われる。雷蔵級の相手役としては年令的に似合うからであろうが、このひとも余り巧く使われた例を知らない。雷蔵なら雷蔵と二、三本じっくり組ませてみればおもしろいのだが、小器用すぎて、映画を甘く考えているらしいフシがみえるのもこのひとの欠点である。

 ワキ役陣は男優以上に貧しい。大美輝子も一時はよく使われて、達者なところを見せていたが、このところすっかり芸が荒れてしまった。この大美輝子や小柳圭子なんかは溝口健二の作品では僅かな出場でも光っていたひとだけに、相当な個性なり演技力を身につけている筈なのだが、それが一向に見られないのはどういうこだろう。それだけに『夜の河』で橘公子が久しぶりに大役を与えられ、東野英治郎を相手にまわして堂々たる演技をしているのを見るのは嬉しい。『大阪物語』でほんのちょい役のお通夜の客になる小林香奈枝にしても、やはり門松を多くくぐった人間の味が出ていてたのもしかった。

   時代映画57年6月号より