僕の内匠頭が香川良介さんの片岡源右衛門と切腹の前に、今生の別れを告げるところがあります。渡辺監督という方は大変感情にもろいんだそうで、感動するとすぐ泣いたり笑ったりなさると聞きましたが、この場面でも自分で感動されて、涙声で泣かんばかりにして僕たちを演出されました。だから我々も思わずその気分に乗せられて感動の芝居をしてしまい、あとで人からあの場面は雷蔵君としても最高の出来だったなんてほめられましたが、渡辺邦男という監督は、決して単なる速撮りの名人だけでなく、僕にいわせれば演出も名人だと思います。

 切腹の場面でも、テストをやっているうちに、私の気分が乗って来たなと思ったら、せりふに入る前に「本番、シュート」に切りかえてそのままフィルムにおさめてしまう。こういう点なんか全くうまいですね。ただただ感嘆した次第です。それでも僕の切腹のところだけは余程念入りに撮って下さったと見えて、台本三ページぐらいの部分がとうとう少し夜間にかかってしまいました。先生としては珍しいことなんだそうです。

 相手役のあぐりになるお富士さんとは、何時もコンビで出演していて、喧嘩するほど気の置けない仲ですから、よく意気のあった夫婦ぶりになっているでしょう。

 今年は大映でも僕の主演で異色時代劇を考えてくれているらしく、この『忠臣蔵』のつぎにやる『旅は気まぐれ風まかせ』も、僕には珍しい三枚目ですし、お富士さんと共演で話題になりそうなものとして、雨月物語からの『蛇性の淫』、室生犀星先生原作の『山吹』などが企画に上っています。

 これらが実現する日を、一日千秋の思いで待っているというのが僕のいつわらざる気持ちなのです・・・。