特集・雷蔵さんの休日B

又北海道大学では「若人よ大志を抱け」の言葉で有名なクラーク博士の胸像を訪れ、亭々と空にそびえ立つポプラ並木、美しい小川、そして、このプロムナードのここ、かしこに女学生や若き男女の語らっている情景はまるで外国映画の一場面を見る様で、全くロマンチックな学校だと思いました。あの有名な時計台でも写真を撮りました。

札幌の町は京都のそれに似た感じで中央を流れる豊平川を境としてテレビ塔のある中央大通りを中心に、おのおの東西に一条、二条・・・名づけられた通りが碁盤の目のようにつけられ道幅の大きさとが自然を生かしている点で違っていても何処か共通した長閑さがありました。

中央地の街角のそこかしこで、おばあさんがトーモロコシを売って居り、夜になると水飴を売りに来ると云う所は内地では味わえない風物でした。

帰途札幌から千歳飛行場へ向う時、来た夜はわからなかった道路の良さがはっきりとわかりました。これはアメリカの進駐軍が造ったものだそうですが、そう云えば、北海道では至る所で自衛隊員が目についたのも内地と違った感じでした。

さて十日間の夏の旅も終りに近づき、いよいよ東京を発つ夜のことです。いろいろ都合で駅へ着く時間がおくれてしまい、十時発の汽車だと云うのに、自動車で駆けつけたのが一分前、ホームへ走りこんで、すでに動きかけていた汽車に飛び乗るという離れ業を演じてしまい、呆気にとられた顔付でした。一緒に食事をして荷物を持って駆けつけて来た本郷功次郎君も汽車に乗るには乗ったものの降りるひまがなくて、とうとう入場券だけで横浜まで無札旅行を余儀なくされてしまったのでした。

行きはノロノロと帰りは凄く慌てたと、こうして私の夏の旅は終りを告げたのでした。