雷蔵さんの生活は・・・

建坪四十五坪、敷地八十坪というこの家から雷蔵さんは毎日撮影所に通っておられるのですが、その生活は、実におちついたもので、女中さんは「ハンで押したような生活をなさっていらっしゃいます。お酒は飲まず、無駄な事はおっしゃらず、十時間の睡眠時間を正確に守り、夜中にもほとんど目をお覚ましになりませんし、予定の時間には、必ず、キッチリとおめざめになります」といっておりますが、

雷蔵さんの、「仕事が九時にはじまるためには八時迄に撮影所にはいらにやいかん。どうしても起きるのは七時前やね。自動車で家を出るやろ、まず、花園駅の前あたりでまで来ると、駅から出て来る学生さんたちに会うんや。元気よく学校へ通う学生さん達の溌剌とした姿をみて、『今日も元気よく仕事をしなければ、あの学生さんたちに笑われるゾ』って考え、しばらく行き、そろそろ撮影所につくというところで、日曜日以外には必ず、一人のサラリー・マンに会うんや。雨の日も風の日も、ほとんどかかさずにその人を見かけるんや。その人に会わん日があるとなんか変な気持がするんや」というお話しからも、その正確な、規則的な生活の一端がうかがわれます。

大映時代劇スターとして、同僚勝新太郎さんとともに、大先輩長谷川一夫さんの牙城にせまる市川雷蔵さんは、こうしてスターダムへの道を進んでいるのです。(近代映画 56年5月号より)