『新平家物語』の清冽、『月形半平太』の颯爽、『薄桜記』の哀切、『ぼんち』の洒脱、『歌行燈』の色気、『斬る』の気魄、『眠狂四郎』の虚無、『ある殺し屋』の孤独・・・様々なイメージをスクリーンに定着させた市川雷蔵が37歳で夭折(1969年7月17日午前8時20分)して21年。

 しかし、時間の流れに逆らうかのように、雷蔵追慕の声は高まるばかりだ。いったい、誰がどんな思いで過去のスターの幻影を追い求めているのだろうか。スターらしい華やぎと市井人の堅実をあわせ持った市川雷蔵の魅力とは・・・。

 

 

 

キネマ旬報90年12月上旬号より

 

アイドル映画のノリ

 そもそも、文芸坐ル・ピリエでの雷蔵作品連続上映を企画したきっかけとなったのは、今年2月、文芸坐で行った、草思社から出版された「森一生映画旅」と連動した上映会である。出演俳優を一つの軸として番組編成をしたのだが、長谷川一夫、勝新太郎の日は、作品や曜日によってお客さんの入りが大きく左右された。けれども、市川雷蔵の日は、作品・曜日に関係なくいつも入りがよかった。

 しかも、年齢層が幅広く熱狂的。アイドル映画のノリなのだ。ある程度予想はしていたが、これほどとは - 。そして、雷蔵作品の在庫本数が豊富であったこと、それもその多くがビデオ化のために16ミリのニュー・プリント。フィルムになっていたことが、ル・ピリエでの長期上映を可能にした(ル・ピリエには35ミリの設備がない)。

 これまで、5月から断続的に51日間、計61本の雷蔵作品を上映して来た。その中にはネガしか残っていなかったのを、お客様方の圧倒的なリクエストによって、大映が新たに焼いてくれた作品もある。デビュー作『花の白虎隊』(勝新太郎のデビュー作でもある)と、お馴染みの番町皿屋敷外伝『手討』の二本だ。リクエストの方法は、手紙・葉書・口頭といろいろで、時には、ビールやチョコレートの差し入れ付きの場合もある。ル・ピリエ支配人の白崎によると、上映を重ねる毎に、若い女性が増えてきているが、やはり雷蔵と同年代の方が中心で、ル・ピリエのような小劇場で映画を観るのは不慣れであるはずなのに、苦情はひとつもない。それどころか、7月17日の命日には、お墓参りをしてから観に来たという親子二代のファンの方や、映画館での情報交換や(なんと)ブロマイドの交換をしている人達がいあたり、さわやかな顔と口跡のよさ、どこか悲愴感のある立姿、見事な殺陣、と雷蔵の魅力を受付でひとくさりしていく方もいて、感謝感謝の嵐だそうだ。

 先日、もう80に手が届こうかという常連の長谷川さんから手紙を頂いた。「・・・特集・市川雷蔵もいよいよ終わりに近づきさみしいです。たのしいたのしい毎日でした。暑さにも負けず八月の日中こんなに出歩いたのは初めてです・・・」とあった。

 だいじょうぶですよ、長谷川さん。来年1月2日からまた《特集・市川雷蔵》が始まります。新たに『人肌孔雀』『あばれ鳶』『江戸へ百七十里』『博徒ざむらい』の4本のニュー・プリントが加わります。乞う御期待!今度は寒さに負けないように。                  

(鈴木一 文芸坐営業総支配人

1991年1月2日から29日まで 全55本上映